あなたの思い出の味はなんですか?僕の家ではオムライスです。
永風
オムライス 無料配布
今日も怖い父さんが家に帰ってくる。
そしたら俺は暗闇の中、自分の部屋へと隠れなくてはならない。
絶対に見つからないように二階の部屋に潜み、一階の玄関から父さんが上がっていく物音を確認すると音をたてないように部屋から出る。そして、父さんが着替えを始めたらそれを合図に無音で一階へと下る。この時、階段の電気をつけてしまうと父さんに居場所がばれてしまう為真っ暗闇の中進むことになる。
そして一階のリビングへと着くといつものように母さんが喋りかけてくるだろう。そう思いながら、俺はタイミングを計りリビングに入る。
「ゆうちゃん、ごはんできたわよ。もう食べちゃいなさい」
あぁ、やっぱりだ。いつもと何も変わらない。この口調に俺自身もう慣れてきた。それにしても、こんな引き篭もりの為に毎日かいがいしく世話を焼いてくれる母さんには頭が上がらないな。
「母さん、今日もおいしそうな晩御飯だね。しかも今日は俺の大好きなオムライスじゃん!」
「ゆうちゃん、手は洗ったの?ちゃんと両手を合わしてゴシゴシ洗うのよ」
「もう高校3年だぞ、それぐらい分かってるって」
母さんは俺のことをまだ小学校5年生くらいにしか思っていない節がある、呼び方だっていまだにゆうちゃんだし。まぁこの件はいくら言っても変えてくれないから諦めたけど。
「いただきまーす」
俺は父さんが一階の風呂場に入っていたことを確認してからオムライスを食べ始めることにする。いつもと何も変わらないそんな味だと思う。いつもと変わらない日常がそこにはあったし、最近では俺もこの空間がこのまま続いていくのもいいかもなと思う。
「今日お母さんね、一人で病院に行ってきたの」
「あぁ、いつもの花粉症の薬貰ってきたんだ」
「それでお医者さんにね、症状が悪化してて、もしこの先楽になりたいと思ったら対応もできるので言ってください、絶対に早まったことだけはしないで下さいねっていわれたんだ」
「まぁ、春の本格的な花粉シーズンの時に言えばいいんじゃない」
「で、とりあえずお薬だけ貰っちゃった」
「貰えたならまぁ、ひとまず安心だね」
いつもと何も変わらない平和な家庭がそこにはあった。母さんは自分の分のオムライスを持って席に着くと何食わぬ顔して一口自らの口に運び、静かに飲み込んだ。もしもこの時、俺が自分のオムライスを一口でも口にしていたのなら今日のオムライスがいつものものと確実に違うものであると気づいていたのだろう。
「それでね、その薬をとりあえず五カ月分今日使ってみたんだ………………」
俺はあまりのことに言葉を失った。絶対に目が合ってはいけない人と今、目が合ってしまっている。絶対に起こってはいけない事態が、今まさに起こってしまっている。理解したくない事実を確かめなくてはいけない。後には引けない一歩を踏み出す。
俺は最期の望みをかけた問いを母さんにした。
「それで、その薬の効果は?」
答えて欲しくはなかった。いつもの様に、さっきまでの様に、こっちから喋りかけてもそれに対する反応はしてほしくなかった。
それでも現実は残酷だ。母さんは、ちょっと泣きそうな顔で、でも吹っ切れたようでもあって。優しく小さく頷き答えてくれる。
「うん。サプリメントなんだけどね、あんまり効かないかもしれないなって思ったからとりあえず五カ月分を砕いてこのオムライスに入れといた」
その答えは確実に俺の質問に対するもので、その視線は確実に俺の両目に向けられたものだった。
俺は一言だけ、今までの感謝と勝手に殺されてしまったことへの七年越しの謝罪を込めて言った。
「母さん、死後の世界へようこそ。歓迎するよ」
「うん、やっぱりね、そうだと思った」
風呂場のドアが開いて父さんがここに来る頃には母さんはとっくにこの世の人じゃない。だから父さんがオムライスを食べないことを祈っておいてやろう。
「おい、母さん!!どうしたんだ!!!しっかりしろ!!!なぁ嘘だろ、謝るよ。謝るから死んだふりなんて止めてくれよ!!!!!!」
あぁ父さんの顔、久々に見たなぁ。相変わらず醜く、生前の嫌な記憶が蘇ってくるような顔をしている。
俺は、最期の望みを託した問いを母さんにする。
「それで、仕返しの効果は?」
今度はいたずらが成功した子供みたいな無邪気な笑みを湛えた顔で。大きくVサインを見せながら。
「大成功するよ、きっとね」
あなたの思い出の味はなんですか?僕の家ではオムライスです。 永風 @cafuuu
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