26:なんだか様子がおかしいぞ

 五時間目の体育と六時間目の化学、ホームルームが終わって放課後になった。

 私は帰宅部なので、この後は自由だ。


 私が帰宅部になった理由は恵と全く一緒で、部活動で青春の汗を流す暇があったら家でゲームしたいから。

 はい、恵のことゲーム馬鹿なんて言えません。


 私たち五人の中で部活をしているのは風間くんだけだ。

 運動神経抜群の彼は色んな運動部からスカウトされまくり、最終的に中学と同じバスケ部で落ち着いたらしい。


 青葉くんは勉学に集中したいという学生の鑑のような理由で、芹那は「部活動中の人間関係で悩みたくない」という理由で帰宅部を選んだ。


 青葉くんはともかく、芹那はちょっと心配。

 オリエンテーションから安藤さんや他の女子とも話すようになったし、過剰に心配しなくても大丈夫とは思うけどね。


 手早く鞄に教科書その他諸々を詰め込んだ私は、恵を迎えに行くついでに芹那の席へ寄った。

 恵の斜め後ろが芹那の席なのだ。羨ましいことに。


「芹那。あなたを見習って、頑張ってきます!」

 私はおどけて小さく敬礼のポーズを取ってみせた。

 でも、芹那は無反応。


 席に座ったままぼうっとしている。

 悩み事でもあるのか、深く考え込んで、私の声など聞こえていないようだ。


「芹那? どうしたの?」

 私は手を下ろし、芹那の目の前で上下に振った。


「えっ。ああ――そっちはデートよね。頑張ってね」

 笑みがぎこちないような気がして、私は首を傾げた。


「どうかした? なんか元気ないよね」

「そんなことないわよ。至って元気よ」

 芹那は澄ました顔を作り、自身の艶やかな黒髪を払ってみせた。


「でも……」

 なおも言いかけたとき、帰宅準備を終えた恵が私の傍に立った。

 左手には鞄を持っている。


「ほら、王子様のお迎えよ。私のことなんて気にしてる場合じゃないでしょう。行ってらっしゃい」

「うん……じゃあ、また明日ね」

「ええ。報告待ってるわ」

「報告?」

 意味深な笑みを浮かべる芹那に、恵が不思議そうな顔をする。


「なんでもないの! 行こう!」

「ああ。それはいいけど、帰る前に図書室寄っていい? 本返すの忘れてた」

 教室を出る直前、恵がそう言った。


 図書室は向かいの第二校舎の三階にある。

 私たちの教室がある第一校舎から第二校舎までは、コの字型で繋がっていた。


「いいよ。恵って本も読むんだね。意外」

 他の生徒とすれ違いながら、廊下を歩く。

 窓の外は雲が広がっていた。

 そういえば天気予報は夜から雨と言ってたっけ。


「意外って。萌はおれをなんだと思ってるんだ」

 恵が拗ねた。

 拗ねた顔もちょっと可愛い、なんて思ったのは内緒。


「いや、読書する暇があるならゲームかと。ちなみに何の本借りたの?」

「ライトノベル」

「だよね! 良かったー、哲学書とか純文学とか言ったらどうしようかと思った」

 私は胸を撫で下ろした。


「有り得ない。おれらの中で哲学書を真面目に読むのは綾人くらいなもんだろ。あれはただの睡眠導入剤だ」

 言い切った恵に、私は深く頷いた。


「わかる。難しいし、何言ってるのか全然わかんないよね。古典や世界史の教科書読んでても眠くなるから困ったものだわ。勉強がちっとも進まない」

「……テスト大丈夫か?」

 廊下の角を曲がって、恵が不安そうな顔をする。


「うーん。まあ、ぼちぼち頑張るよ。ていうかさ、そういう恵も頑張ってよ? 芹那と青葉くんが一生懸命教えてくれたのに、赤点なんて取ったら泣かれるよ」

「ああ、綾人がまた勉強会やろうって言ってたぞ。放っといたらやばいと思われたらしく、今度はテスト形式でやるって張り切ってる」

「……今日から本気出そう」

 私は拳を握った。


「おれもしばらくゲーム止めるわ。おとなしく綾人に言われた『一日一時間』の掟を守ることにする」

「一時間するなら止めてないじゃん。矛盾してるよ」

 第二校舎に続く廊下を歩きながら、私は笑った。


「本気でやるのは止めるってことだよ。スタミナが溢れても気にしないように努力する」

 話をしている間に、図書室に着いた。

 他の生徒の邪魔にならないよう、私はカウンターの近くで待機し、恵が本を返却する様子を見ていた。


 恵が借りていたライトノベルの表紙は、セーラー服を着た黒髪ロングの美少女だった。

 恵って、髪の長い子が好きなんだろうか。

 使ってるアバターも黒髪ロングだし。

 私は肩までしかない自分の髪に触れ、毛先を弄った。


 切ったのは失敗だったかも。

 前はセミロングで、胸の下くらいまであったのにな……って、何考えてるんだか。


 私は一人で赤面して、髪から手を離した。


「お待たせ」

 恵が新刊コーナーの傍で待機していた私の前に立つ。


「返却だけ? 新しい本は借りなくていいの? 待つよ?」

 カフェに行ったら告白せねばならないと思うと、いくらでも待てます。


「いや、いいよ。行こう」

「……はい」

 もはや逃げ道はなく、私は腹の底にぐっと力を込めた。


 行くぞ、私! 頑張れ、私!

 脳内で架空の応援団を作って自分を鼓舞しながら、恵と一緒に廊下を歩き、階段を下りて昇降口へ向かう。


 周りを見回す余裕もなく、俯いて、跳ねる心臓の音をただ聞いていた私は、

「あれ?」

 訝るような恵の声を聞いて顔を上げた。


「どうしたの?」

 現在地点は二階と三階の間にある踊り場。

 この階段を下りて角を曲がり、まっすぐに行けば昇降口だ。

 階下からは生徒たちの足音や話し声がする。


「いや、江藤さんが女子と歩いて行くのが見えたから。後ろ姿をちらっと見ただけだから、相手が誰かはわからなかったけど」

 恵は窓の外を右手で指差した。

 あの方角にあるのは部室棟。

 さらに奥に行けば雑木林が広がっている。


「江藤さんも帰宅部だったよな。おれらみたいに友達と遊びに行くのかな」

「それなら、なんであっちに行くの? 遊びに行くなら正門を通らない?」

 うちの学校には裏門もあるけど、裏門の方角には高校生が遊べるような店なんてない。

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