22:ゲームセンターで遊ぼう
日曜日ということもあり、駅前のゲームセンターには多くの人が集まっていた。
UFOキャッチャーに興じる若いカップル、母親に手を引かれて歩く大きなぬいぐるみを抱えた子ども、素早い手さばきで格闘ゲームをする男性、大当たりしたらしくメダルゲームではしゃぐ女性たち。
それぞれの筐体から流れる音楽、人々の談笑の声、それら全てが渾然一体となって、夕方のゲームセンターは実に賑やかでカオスな空間と化していた。
「ねえ、なんで私こんなところでこんなことする羽目になってるの?」
私はガン・コントローラーと呼ばれる銃の形をしたコントローラーを握っている。
芹那の家からの帰り道、私は自転車の前かごに恵の鞄と自分のそれを入れ、自転車を押しながら歩いていた。
頭の中はさきほど見た芹那の涙のことでいっぱいで、恵に何か話しかけられても上の空だった。
すると急に恵が私の手から自転車を奪い取り、「お前の大事な自転車は預かった。返して欲しければ100000ギリン用意して駅前のゲーセンに来い」と言い捨てて颯爽と自転車に跨り、私を置いて行ってしまったのである。
私は呆気に取られた。
恵の台詞が『ラストファンタジアⅡ』に出てきた泥棒ゼノスを真似しているのはすぐにわかった。
『ラストファンタジアⅡ』は全体的にシリアスなシーンが多いけれど、ゼノスは完全なギャグ担当で、「お前の大事な装備品は預かった。返して欲しければ100000ギリン用意してエステルの酒場に来い」と言って全ての装備品を奪っていくシーンがあるのだ。
急いでゲームセンターに行くと、恵は私の自転車を駐輪場に留め、二人分の鞄を持って入り口で待っていた。
どういうつもりなのか問うと恵は「まあまあ」とはぐらかし、私の手を引いてガンシューティングゲームの筐体前に導き、「はい」と2P用のガン・コントローラーを押しつけた。
「気晴らしになるかと思って」
いつゲームが始まっても良いように、目の前の画面にガン・コントローラーを向けたまま、飄々とした態度で恵が言う。
画面の中では金髪の美男美女がどこかの廃墟で目覚め、探索の過程で都合よく落ちていた銃を手に取ったところだった。
一体何なの、と言い合う二人の前に突然怪しい影が走る。
「ゲーセンには何回か友達と来たことあるけど、ガンシューティングなんてやったことないよ。足引っ張っちゃうよ」
「大丈夫大丈夫、難易度は初心者向けのノーマルだし、バーストクロックのナイトメアでSS取れる萌なら余裕だって。とにかく敵の頭を狙って。リロードは弾が切れたら自動でされるし、画面外に銃口を向けることでもできるから」
怪しい影の正体がゾンビとわかり、激しい悲鳴を上げる二人。
「いやいや、いくらバーストクロックが銃で敵を倒していくゲームとはいえ、ガンシューティングとは違」
画面に『shoot!』の赤文字が表示された瞬間、私は無駄口を叩くのを止め、ガン・コントローラーを構えて引き金を引いた。
「ちぇーSSかあーどうせなら恵みたくSSS取りたかったなあ」
ガンシューティングゲームが終わり、私は恵とゲーセンの中を歩いていた。
左右にはUFOキャッチャーの筐体が並び、若い女性数人がぬいぐるみを取ろうと夢中になっている。
テクノポップな音楽が私の耳の中でくるくる踊った。
「いやいや、初見でSS取れれば大したもんだって。どう? 楽しかった?」
「うん。楽しかった。ありがとう」
二人分の鞄を肩にかけ、悪戯っぽい眼差しでこちらを見る恵に微笑む。
私を強引にゲーセンまで連れてきたのも、持つと言ったのに私の鞄まで持ってくれているのも、全て恵の気遣いだ。
「芹那のことは心配だけど、私が心配したってどうにもならないよね。これは芹那と青葉くんの問題だもん」
「そうだよ。友達として心配するのは良いことだと思うけど、萌がそんなに思い詰めることはない。夜に電話して励ます程度で十分だと思うよ」
ぽん、と、右手で頭を叩かれた。
驚いたけれど、でも、不快ではない。
むしろちょっと嬉しい、なんて。
「そうだね。そうする……あっ! 『エターナルフォレストⅤ』のタンブラーだ!」
何気なく見ていたUFOキャッチャーの景品の一つに、ゲームに出てくる王国の紋章が刻まれたタンブラーを発見し、私は飛びついた。
長方形の箱に包まれたタンブラーだ。小さく非売品と書いてある。
「凄い! アセンドラ王国とフォリス神聖王国、パメラとキールの紋章もある! あーでも難しいんだろうなこれ……500円じゃ絶対無理だろうな……」
1プレイ100円、6プレイで500円と表示されている。
「万人受けするぬいぐるみじゃなくて、ゲームの紋章入りのタンブラーを欲しがる辺りが萌だよな。可愛さよりも実用性重視ってか」
笑いながら、恵が私の隣に立つ。
「う。いや、ぬいぐるみは可愛いし、集めたいとも思うよ? でも、置く場所を考えるとどうしても邪魔になるんだよ。うちの部屋、狭いし。それなら日常的に使えるタンブラーのほうがいいじゃない……って、やるの?」
恵は財布から500玉を取り出していた。
「仮とはいえ、彼女が目をキラキラさせて欲しがるなら、やるしかないだろ?」
「え……いや」
それこそ、仮の彼女なんだから、いいよ――と言いかけて、私は口を閉じた。
ここで私が遠慮したら、恵はあっさり引き下がるだろう。
そうか、お前はただのハーディの札で、本物の彼女じゃないんだからいいか、と。
でも、恵の口からはっきりそう言われたら、私は多分ショックを受ける。
とても勝手で、わがままなショックを。
「それなら私が払うよ。私が欲しいものなんだから」
恵が持つ私の鞄を取り上げようとしたけれど、恵は身体の向きを変えて避けた。
「いいんだよ。取れるかどうかもわからないし、オリエンテーションの夜に付き合ってくれたお礼ってことで」
恵が500円玉をコイン投入口に入れ、筐体から明るい音楽が流れ始めた。
「どれが欲しい?」
「全部」
もちろん冗談だ。私はそこまで図々しくない。
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