23:乙女心は複雑です

「やっぱり止めるか」

 恵が筐体から離れようとする。もうお金投入したのに!?


「うそうそ、冗談! パメラの紋章のやつがほしいです!」

 私は慌てて恵の腕を両手で掴み、引っ張った。


「やる気失くしたんだけど」

「やだ、お願い、お願いします! 取れたら絶対大切にすると誓うんで! 家宝にするんで!」

「お前んちの家宝はゲーセンの景品でいいのかよ」


 手を合わせて拝み倒すと、恵がおかしそうに笑った。

 無邪気な笑顔に、ドキリと心臓が跳ねる。


 まただ。

 芹那から「恵のことが好きなんでしょう」と言われてからというもの、私は妙に恵のことを意識してしまう。


 彼が悲しい顔をしていると悲しくなって、どうにかしてあげたいと思うし、彼が喜んでいると嬉しくなって、自然と笑ってしまうのだ。


 特に彼の笑顔は私の心身に多大な影響を及ぼす。

 いまのような笑顔はもう反則で、しばらく心臓がドキドキしっぱなしなのである。


 私の身体にそんな異常を引き起こしているとは露知らず、

「持ってて」

 と、恵は二人分の鞄を預けてきた。


「あ、うん」

 動揺するばかりで気が回らなかった。

 自分自身を情けなく思いながら、鞄を受け取る。


「うーん……ちょっと厳しいかな……」

 ガラスを前や横から覗き込んで、眼鏡を指で押し上げ、恵が難しい顔をする。

「店員さん呼んで位置変えてもらう?」

「いや、とりあえずつついてみるわ。行きまーす」

「頑張って!」






「落ちたー!」

「やったー!!」

 12回目の挑戦、きっかり1000円の投資でタンブラーは落下し、私たちは大喜びでハイタッチを交わした。

 恵が屈んでタンブラーを取り上げ、手渡してくる。


「ビニール袋いる?」

「ううん、鞄に入れるよ。本当にありがとう。大事にするね」

 私は喜色満面で手の中のタンブラーを見つめた。

 ハートマークをアレンジしたような、エターナルフォレストⅤのヒロインパメラの紋様が刻まれたタンブラー。


 恵が取ってくれた宝物。

 人目がなければ抱きしめて踊りたいくらいだ。

 幸福感に包まれながら、私はそっとタンブラーを鞄に入れた。


「大事にするのはいいけど、飾らずに使えよ」

「使うのもったいないよ。1000円もかかったんだよ?」

「1000円なら上等だろ。普通に買ってもそれくらいするよ。とにかく、気にしなくていいから使え」

「……わかった。じゃあ、ありがたく使わせてもらうね」

「よろしい。鞄持つわ」

「ありがと」


「ねえ、あの二人ってカップルなのかな」

 二つの鞄を渡したとき、左手から声が聞こえた。

 猫のぬいぐるみが積まれたUFOキャッチャーの前にいる同い年くらいの少女二人が私たちを見て、ひそひそ喋っている。


「嘘、友達でしょ。カップルにしては格差ありすぎじゃん」

 その言葉は私の心臓を抉り抜いた。


 格差がある、ではなく、格差ありすぎ、ときた。

 こうも容赦なく他人から批評されるとダメージが大きい。


 もしもここにいるのが私ではなく芹那だったら「お似合いのカップル!」と褒め称えてくれただろうに、私と恵じゃそうなるか……いや、わかってることなんだけど、地味に傷つくわ……。


「もしカップルだとしたら、彼氏の見る目なさすぎ」

「きっと彼女のほうが頼み込んで付き合ってるんだよ。弱みでも握ってさ――」


「妄想するのは自由だけど、事実は全く逆だよそれ」

 きっぱりした口調で否定しながら、恵が私の隣に立った。

 少女たちの話し声は、恵の耳にも届いていたらしい。


「なんか勘違いしてるみたいだけどさ。惚れ込んだのはおれのほうで、彼女になってほしいって頼んだのもおれのほうなの」

 肩を掴んで抱き寄せられ、私の身体が恵に密着した。


 えっ、えっ。

 掴まれた肩の感触、身体の側面に触れる恵の体温に、頬が急激に熱くなる。

 恐る恐る隣を見れば、端正な顔立ちがすぐそこにあって、心臓が破裂するかと思った。


「おれは昔、美人に恋をしたことがあるんだ。物凄く可愛い子で、雑誌のモデルをやるような本物の美少女だった。でも、ふたを開けて見ればその子は男を自分を飾るアクセサリーとしか見てなくて、平気で三股かけた挙句、追及すれば謝るどころか開き直るような悪女だったんだよ。信じてた子に裏切られて、女性不信になりそうだったおれを励ましてくれたのが萌だ」

 さらに強く抱き寄せられ、恵の腕の中で私は氷像になった。


「萌はおれのために眠いのも我慢して深夜に飛び出してくれたし、友達のために自分の胸を痛めるような優しい子なんだ。人前で堂々と悪口を言うような下品なお前らとは格が違うの、わかる?」

 恵は私を横抱きにしたまま、にっこり笑った。


「失せろ」


「…………!」

 笑顔の裏に般若を見たらしく、少女たちは青い顔をして逃げた。


「…………あの、そろそろ解放していただけますでしょうか」

「あ、ごめん」

 恵が手を離したため、ようやく息ができた。

 一分ほど止めていた呼吸を再開し、溜めていた息を吐き出して、肺に酸素を送り込む。


 胸を押さえると、まだ心臓がバクバク大騒ぎしていた。


「次どうする? 何かしたいことある?」

 少女たちなど存在しなかったのように、恵が平然と問いかけてきた。

 私は口をあんぐりと開けた。


 なんて人なの。


 私の心臓を破裂寸前まで追い込んでおいて、何事もなかったかのように……!?

 大体、何なのあの台詞は。


 ――惚れ込んだのはおれのほうで、彼女になってほしいって頼んだのもおれのほうなの。


 嘘だ。大嘘だ。

 私は恵の彼女じゃない。ハーディの札でしかない。


 彼女のフリをしてほしいって言ったくせに。

 放課後二人でゲームするほど親しくなっても、こんなに近くで笑っていても、決して『彼女になってほしい』とは言わないくせに。


 ああ、そうか。

 私は恵のことが好きなんだと、このとき、決定的に気づいた。


 でも、恵は「何でもいいよ、付き合うし」と呑気に笑っている。


 私がどんな気持ちでいるのか知りもしないで。

 私ばっかり振り回されて。

 全く、冗談じゃない。


 ふつふつと怒りがこみ上げ、何かがぷちんと切れた私は、笑顔で言った。


「じゃあ、もう一回ガンシューティングしない? 今度は私が奢るから」

 こちとら、ちょっと銃でもぶっ放したい気分なのである。

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