24:決戦前夜、準備中
「じゃあね、また明日」
自室のベッドに座って通話終了ボタンを押したとき、時刻は午後十時半を回っていた。
一時間近くも芹那と話していたことになる。
「もう。芹那ってば、なんだかんだで幸せそうじゃないの。心配して損した」
文句を言いつつも、私の唇は円弧を刻んでいた。
風間くんから叱り飛ばされた青葉くんは再び芹那の家を訪れ、二人は公園で話をしたらしい。
青葉くんが家を訪れる前に、風間くんから「綾人が超がつくほど鈍いのは事実だけど、芹那ちゃんにも非はあるよ。あいつだってエスパーじゃねえんだ。好きなら好きってちゃんと言わなきゃ伝わらない。受け身でいれば他の女に取られるぞ。マジで落としたいなら暗がりに引っ張り込んで押し倒すくらいの覚悟を決めな!」と電話で叱咤激励されていた芹那は勇気を振り絞って気持ちを伝え、とりあえず一カ月間、お試しでいいから付き合ってほしい、と青葉くんにお願いしたそうだ。
青葉くんがその提案を受け入れたため、二人は期間限定のカップルとなった。
正式なカップルとなれるかどうかはこれからの芹那の努力次第だ。
頑張るわ、という芹那の声からは強い意気込みが感じられた。
私は応援することしかできないけれど、せっかく掴んだチャンス、是非とも活かして欲しいと思う。
「……好きなら好きってちゃんと言わなきゃ伝わらない、か。本当にその通りだよね」
スマホを握ったままベッドに上体を倒し、目を閉じる。
目を閉じればその分、聴覚が敏感になる気がする。
窓の外を走る車の音、人の話し声、隣の妹の部屋から聞こえる流行歌。
しばらくそれらの音を聞いた後、白い天井を見上げて呟く。
「どれだけ想っても、受け身でいる限りは片思いのまま、恋に発展することなんてないよね……」
通話の終了間際、芹那は「萌はことあるごとに『私は赤石くんの本物の彼女じゃなくてハーディの札だ』って言ってるけど、それって『私は頼まれて彼女役を演じてやってるだけなんだから勘違いするな』って主張してるようにしか聞こえないから、好きだと自覚したなら止めたほうがいいわよ」と言っていた。
あの言葉は衝撃だった。
確かに私は風間くんにからかわれるたびに「私はハーディの札です」と言っていたけれど、あれは恵へのけん制ではなく、都合の良い勘違いをしそうな私をセーブするために唱えていただけだったのに。
ベッドに手をついて起き上がり、机に置いた直方体の箱を見る。
恵に取ってもらったタンブラー。
使えと言われたけれど、やっぱりもったいなくて封を切ることさえできず、机に飾っていた。
その箱を手に取り、つるりとした表面を指でなぞる。
好きだと伝える努力もせずに『彼女になってほしい』と言ってもらうことを望むなんて、傲慢にもほどがあるよね。
恵は私のことどう思ってるんだろう。
気の合うゲーム友達と認識してくれてるのは嬉しいけど、ほんのちょっとでも、異性として意識してくれたりしないかなあ……。
タンブラーを胸に抱いて、ぼうっとしていると、着信音が鳴った。
『綾人に聞いたけど、あの二人、付き合うことになったんだってな。お試しとか言ってたけど、まあ大丈夫だろ。良かったね』
恵からのメッセージだった。
続いて笑顔のスタンプが送られてきた。
あれからずっと、私のことを気にかけてくれていたらしい。
風船のように想いが膨らみ、口をついた。
「……好き」
呟いた数秒後、猛烈な熱が頭を駆け巡り、私は身を縮めてタンブラーの箱に額をくっつけた。
無理だ。柄じゃない。
スマホ画面に呟くだけでこれなのだ、実際に面と向かって唱えるなんて恥ずかしすぎる!
――でも、芹那だってきっと同じ気持ちだったはずだ。
照れや気恥ずかしさを乗り越えて、青葉くんに告白したのだ。
私はホッカイロより温かくなってそうな頭を持ち上げ、文字を打った。
『私も芹那から聞いたよ。良かった』
同じ笑顔のスタンプを返す。
チャット画面を開きっぱなしにしているらしく、既読の文字はすぐについた。
恵は起きている。起きて、同じ画面を見ている。
――だったら。
私は思い切って、文字を打ち込んだ。
『もし私が偽彼女役を止めたい、本物の彼女になりたいって言ったらどうする?』
送信ボタンを押そうとして、指が止まる。
ごめん、無理。
そう返ってくる未来を想像して、指が震えた。
怖い。
ダメだ。とても言えない。
恐怖心に取り憑かれて、文章を削除している間に、恵から新しいメッセージが来た。
『エンドラのお知らせ見た? 二人協力プレイの高難易度ダンジョンが新規追加されたじゃん。石回収したいし、明日の放課後、一緒にやらない?』
「はあああああ……」
私は息を大きく吐き出しながら脱力し、俯いた。
人の気も知らず……ゲームのお誘い……。
ごつん、と傾けた額とタンブラーの箱がぶつかる。
疲労感が凄い。気力を丸ごと持ってかれた。
大体、青葉くんに言われたでしょうが!
「君たち二人はもはやゲーム中毒だから止めろと言っても聞かないでしょう。だから止めろとは言わない、でもせめて中間テストが終わるまで控えなさい。ゲームは一日一時間まで!」って!
『恵はほんとブレないな!』
八つ当たりも込めて、高速で文字を打ち込んで送信すると、
『え? 何が?』
実に平和な回答が返って来た。
もういいよ。あなたはそういう人だよ。
なんで私、こんなゲーム馬鹿が好きなんだろ。
『嫌ならいいよ?』
予想通りの言葉が送られてきた。
恵は決して強制はしない。いつも私の意思を尊重しようとしてくれる。
『いいえ、お付き合いしますよ』
私は苦笑しながらそう返した。
『助かる。じゃ、お休み』
『はい、お休み』
お休みのスタンプを送り合ってから、私はスマホ画面を消した。
「全くもう……」
このままだと私、永久に恵の『良いゲーム友達』から脱せられない気がする。
そしてこのままでも楽しいからいいか、なんて油断してたらある日突然恵が美少女を連れて来て「彼女できたからバイバイ!」と爽やかに別れを告げてくるに違いない。
「ふんだ。おとなしく噛ませ役になんてなってあげないからね」
私はタンブラーに恵の顔を重ね、指でつんと突いた。
明日の放課後、これは願ってもない告白の大チャンスだ。
二人協力プレイというなら、恵が風間くんたちを連れてくる可能性は限りなく低い。
拒絶されたらと思うと、やっぱりどうしようもなく怖いけど、芹那はその恐怖を乗り越えたんだ。
私も芹那を見習って、勇気を出さなきゃ。
好きになって欲しいなら、まずは気持ちを伝えなきゃ。
でも、どうやって伝えよう?
普通はストレートに「好き」で充分だと思うけど、恵がゲーム好きだから……。
「……マイルームの公開を指定したフレンドのみに限定しなきゃ。まずは花の採取から始めるか。今日は徹夜確定だな」
あれこれ考えて告白のプランを練った後、私はエンドラの画面を立ち上げた。
ごめん、青葉くん、今日は一日一時間のゲームの誓約を破ります!
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