16:誤解なんです!
「萌は今日あくびばっかりしてるわね。夜眠れなかったの?」
スポーツ大会やウォークラリー等、野外活動ばかりで眠る暇もなかったオリエンテーション二日目、午後九時半。
入浴が終わった夜、ジャージから私服に着替えた私は外で星を見ていた。
昨日の夕方に飯盒炊飯を行ったテーブルの一角で、芹那と長椅子に座ってカフェオレを飲んでいる。自動販売機で買った缶タイプのものだ。
「うん、ちょっとね」
私はぼうっと眺めていた星空から芹那へと視線を移した。
芹那が右手に持っているのはブラックの缶コーヒー。
ブラックが飲めるなんて芹那は大人だと思う。
私にはブラックの美味しさが全く分からない。
いまは荷物整理の時間も込めた長めの休憩時間中だ。
ロビーのベンチに座ってテレビを囲む生徒もいれば、部屋で友達との談笑を楽しむ生徒、真面目な生徒は研修室で先生に個別授業を受けていたりもする。
私の周りにも何人かの生徒がテーブルに座って雑談している。
斜め前のテーブルには、クラスメイトたちと会話する恵の姿もあった。
話題は今日のスポーツ大会のことらしく、クラスで最も活躍した男子を褒めているようだ。
ちなみに恵の運動能力は人並である。
脚光を浴びるほどではないけれど、運動神経そのものが存在しないんじゃないかと思える私と違って、皆の足を引っ張ることもなく、万事をそつなくこなしていた。
彼の話し相手は男女混合で、橋本さんもいる。
橋本さんが完全に恵のことを諦めたかどうかは定かではない。
いまのところ彼女は私に何も言ってこないし、恵にもいちクラスメイトとして接しているようだけど、もし彼女がまだ恵に未練があるなら……そのときどうするかは恵の意思次第だ。
ううん、相手が橋本さんじゃなくても、恵が「この人と付き合いたい」って言い出したら私はあっさり応じないとね。
私はハーディの札、偽彼女だもの。
「悩み事でもあるの?」
真剣な顔で心配してくれる芹那を見ていると、彼女だけには事実を話すべきなんじゃないかとたまに思ったりする。
誠実な彼女に嘘をついているようで――実際その通りなんだけど――心苦しい。
恵に彼女にだけは本当のことを話して良いか、後で聞いてみよう。
「ううん、違うよ。ただ眠れなかっただけ」
芹那はゲームに興味がない、ごく普通の一般人だ。
学校でも休憩中に私がゲームをしていると何がそんなに楽しいんだか、とでも言いたげな顔をする。
そんな彼女にありのまま、ゲームの10連ガチャを引くために深夜にコンビニに行った恵に付き合ってました、なんて伝えたら、呆れられるに決まっていた。
二人きりで行ったという事実も言いにくさに拍車をかけている。
あらぬ誤解をされるのは避けたい。
「そう? ならいいんだけど……」
「正直に言えばいいのに。恵が寝かせてくれませんでした、って」
「!!???」
突如背後から聞こえた、面白がるような声に、私は肩を跳ねさせた。
「ね、寝かせて……?」
芹那が振り返り、ギョッとしている。
誰だ、こんなわざとらしく誤解を招くような表現をする人は――って、声から確定してるんだけど。
芹那から一拍遅れて振り向くと、今日のスポーツ大会で大活躍し、女子の集団から大声援を送られていた風間くんが立っていた。
隣には青葉くんもいる。
青葉くんは風間くんほど運動神経抜群ではないけれど、そこそこ活躍して女子に拍手されていた。
青葉くんはお風呂上りにきちんとドライヤーをかけたらしく、普段通り完璧に整っている。
でも、風間くんの髪は少しだけ湿っていた。
いつも跳ねている癖っ毛がしなっとしている。
二人とも私たちと同じ考えだったらしく、それぞれ手には缶を持っていた。
風間くんがサイダー、青葉くんがカフェオレだ。
「どういうことなの? 萌、あなた……」
芹那は身を引いて物理的に――恐らく心理的にも――私から距離を置き、顔を青ざめさせた。
「いや、違うの! 誤解しないで! いまのはそういう意味じゃなくて、なんていうかその」
私が両手を振り、返答に窮していると、
「まあまあ、詳しい話は本人から聞けばいいじゃん。おーい、恵!! ちょっとこっち来て!!」
風間くんは向かいの長椅子に座り、大声で恵を呼んだ。
恵がクラスメイトたちとのお喋りを中断してこちらへやって来る。
「何?」
「萌ちゃんが寝不足なのはお前のせいだって教えてあげたら、江藤さんが詳しい説明を求めているようだよ? 見てあの顔。これ以上ないってくらいドン引きしてる。ドン引き検定があれば100点満点間違いなしだね!」
風間くんは妙に楽しそうな笑顔だ。
「は!? ちょっと待て、お前なんか物凄い誤解を招く言い方をしてないか!?」
顔面蒼白の芹那を見て、恵が焦っている。
「違うんだよ芹那、私が寝不足になったのは確かに恵のせいだけど、それは私の意思であって恵が悪いわけじゃなくて――!」
「つまり、合意の上ってことね……? あなたがそんなふしだらな人だったなんて……」
芹那は両手で缶コーヒーを握り締め、ますます長椅子の端へ寄った。
「違う、そうじゃない! 芹那が想像してるようなことは一切なかったから!!」
私はきっぱりはっきり断言した。
「えーでもお、昨日の夜、萌ちゃんとお前は二人きりで熱く激しい夜を過ごしたんだろ?」
「あつ……!?」
震える芹那の顔色が青を通り越して白くなった。
現在彼女の脳内でどんな妄想が繰り広げられているかは……あまり想像したくない。
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