14:コンビニにて

 静かな国道の脇に一軒、コンビニが建っている。

 ライトアップされた看板や、白い光に満たされた店は、暗闇に慣れた目にはことさら眩しく映った。


 コンビニを視認した瞬間から、心なしか恵の足が早くなった。

 頭の中は10連ガチャのことでいっぱいなんだろう。


 誘蛾灯に誘われる蛾のように、恵は私を連れて店内へと入って行った。

 店の隅にあったコピー機の近くで立ち止まり、スマホをズボンの尻ポケットから取り上げる。


 私は彼の傍に待機しつつ、店の中を見回した。

 お客さんは雑誌を立ち読みしている中年男性一人だけだった。

 店員も商品の陳列作業をしている中年男性だけのようで、カウンターには誰もいない。


「やった、Wi-Fi通ってた……!」

 恵が左手でガッツポーズを作った。


「良かったね」

 もしWi-Fiが通っていなかったら、これまでの苦労が水の泡になるところだった。


 恵はWi-Fiに接続するための手順を踏んでから、『ブレリン』を起動した。

 メニュー一覧からガチャの項目を選択し、そのまま『一日一回無料!』のボタンをタップするかと思いきや、親指を持ち上げた姿勢で止まった。


 どうやら念を込めているようだ。


 彼の心境を代弁するならば『ルシファー来いルシファー来いルシファー来い……!』ってところだろう。


 ルシファーは今年の春に実装されて以来、どの攻略サイトでも最高評価を獲得している最強キャラである。


「よし。行きます」

 真剣そのものの表情で、恵が厳かに告げた。

「行ってらっしゃい」

 10連ガチャのためだけにわざわざここまで来たんだから、『行ってらっしゃい』が『逝ってらっしゃい』にならないことを切に祈ったけれど、画面中央に出現した魔法陣は白かった。


 これは星6キャラすら含まれないことを意味する。

 白から赤、赤から虹色に変化するときもあるけれど、そうはならず、排出されたキャラは全て星5。


 しかも全部持っているキャラだったらしく、登場演出はスキップされた。

 どんなキャラが引けたんだろうと、ワクワクドキドキする暇すらなかった。


 ああ、現実とはかくも無残なものなのか。


「………………」

 ゲーム画面から顔を背け、恵は遠い目をした。


 見ているこっちが切なくなる表情だ。

 もはや泣けてくる。


「えーと……元気出して……?」

 私はぽんと恵の背中を叩いた。


「…………まあ、こんなもんだよな」

 恵は気落ちした声で言った。

 落差が凄い。

 さっきまで期待に輝いていた目が死んでいる。

 これぞまさにデッドフィッシュアイ。


「もういいや。溜まってた石全部使おう」

 ショックで頭の配線がいくつか切れてしまったらしく、恵はふふふ……と不気味に笑い、ガチャのボタンに手をかけた。


 残っている石の数からすると、あと5回引ける。


 一回目。爆死。

 二回目。爆死。

 三回目。爆死。


「もう止めたほうがいいんじゃないかな。単発で引くより、10連ガチャのほうが一回おまけがついて得だよ?」

 見るに忍びなく、私はそう提案した。

「いいんだよ、どうせ出ないし。もう40連も爆死してる」

 恵は拗ねたように言って、スマホを私に向けてきた。


「引いて」

「え。いや、私も爆死するよ」

「いいよ。ここまで来た記念に。さくっと二回どうぞ」


「えー……本当にいいの? 星5しか出なくても恨まないでよ?」

「うん」

「絶対だよ?」

 私は念押ししてから、えいっとボタンをタッチした。


 星5だった。

 恵の顔を見ると、彼は頷いた。

 続けて引けってことだ。


 星7が出て欲しい。

 でも、どうせまた爆死だろうな、と思いながらボタンをタッチする。


 魔法陣は白かった。


 やっぱり駄目か、と思いきや、一段階目で魔法陣が赤く変化した。

 さらに二段階目、虹色へ変わった!


「!!!!」

 私も恵も身を乗り出して肩をくっつけ、ゲーム画面に釘付けになった。


 画面が黒く反転し、登場演出が始まった。

 キャラの台詞が流れ、翼を生やした白いシルエットが浮かび上がる。


 虹色のエフェクトともに現れたのは、勇ましく剣を掲げたルシファー。


 画面の下部で七つ並んだ虹色の星が燦然と輝いている。

 

 奇跡が起きた……。


 しばし呆然と顔を見合わせた後、私は人差し指で画面を二度指差した。

 恵も同じく二度首を縦に振った。


「…………来たわ」

 ルシファーを見つめて、左手の人差し指で眼鏡を押し上げ、感慨深げに恵が言う。


「来たね。おめでとう」

 パチパチと拍手する。

 店内ということを考慮して、音は控えめに。


「ありがとう。萌のおかげだ」

 両手でスマホを握って、嬉しそうに恵が笑う。

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