10:オリエンテーションへ
四月下旬、朝八時半過ぎ。
「はい、じゃあ三組は三号車に乗ってね」
あいにくの曇り空の下、担任の中年女性が放った一声により、二泊三日のオリエンテーションが幕を開けた。
駐車場に整列している七台のバスの行先は郊外の高原。
うちの学校は高いところ好きだな、と思いつつ、私はバスの運転手さんに荷物を預け、クラスメイトに続いてバスに乗り込んだ。
私の予想通り、オリエンテーション中の班は有無を言わさぬ出席番号順で組まれたけれど、行き帰りのバスの席くらい自由に座りたい、という派手な子たちの主張が通り、バスの席順は自由となっている。
さてどこに座ろうかと思っても、バスに乗り込んだ順番は出席番号順だったため、苗字が「や」から始まる私の選択肢はほとんどない。
芹那はバスの中央付近の席で、隣に座った女子――安藤さんから話しかけられていた。
安藤さんと芹那は同じ一班。
行きのバスの間に同じ班になる者同士、友好を深めておこうとでも思ったのかもしれない。
目が合うと、芹那は申し訳なさそうな顔をした。
隣の席に座るはずだったのに、ごめんね、とでも言いたげだ。
私は小さく首を振って「気にするな」という意思表示をした。
私以外の女子と関わろうとしない芹那が他の女子と交流を持つのは喜ばしいことだ。
「山科、ここ座れば? 譲るよ」
目を向けると、バスの後方で一人の男子が席を立った。
彼の隣に座っているのは恵だ。
カップルという設定があるので気を利かせてくれたのだろう。
どうしよう。
でも、彼女なら喜んで受け入れるべきだよね。
「……ありがとう」
「いいえー、どういたしまして」
妙に優しい微笑みを向けられながら、私は恵の前に立った。
「お邪魔してよろしいでしょうか」
つい緊張して敬語になってしまう。
「もちろんどうぞ」
爽やかな笑顔で答え、隣の席をぽんぽんと叩く恵。
場慣れしてるな……やっぱり私とは本来、住む世界が違う。
こっちは異性の隣に座るっていうシチュエーションだけで心臓に負担がかかるっていうのにさ。
「お邪魔します」
すとんと彼の隣に腰を下ろす。
緊張しきりの私に対して、恵はぼうっとしている。
心なしか、目が虚ろだ。
「……恵、顔色悪くない?」
誰もが見惚れる美貌が、やや青ざめている。
しかも目の下には隈が刻まれていた。
「寝不足なの? ひょっとしてゲーム?」
「……寝る前に、ちょっとだけのつもりが、つい」
恵は眠そうな顔でそう言った。瞼が半分閉じている。
「昨日何時に寝たの?」
「覚えている限りだと五時まで起きてた」
「……馬鹿なの?」
あっ、いけない、つい本音が。
「うん、馬鹿だった。せめて三時には眠るべきだった」
自覚はあるらしく、恵は怒りもせずに肯定。
「三時でもどうかなあ……」
「問題は宿泊先にWi-Fiが通ってるかだ……もしWi-Fiが通ってなかったら終わる……『ブレリン』で10連ガチャ無料なのに……」
首を捻る私を無視して、恵がぶつぶつ呟き出した。
ブレリン。正式名『ブレイブアンドリンク』。
ガチャで精霊を召喚してデッキを組み、敵と戦うRPGだ。
テレビCMもやっているのでプレイヤーも多く、いまは500万ダウンロード突破記念キャンペーン中。
ちなみに私もやっていて、学校帰りの喫茶店で恵と協力プレイをしたこともある。
「え。まさか通信制限かかってるの?」
通信制限がかかってしまったら、ゲームによってはログインすらできない。
そしてブレリンはその類だ。経験済みなので知っている。
「そう。一週間前、母親と姉に荷物持ち要員としてショッピングモールに連れて行かれたんだけど、女の買い物って長いだろ? 待ってる間、ショッピングモール内のWi-Fiに接続してゲームしてたんだけど、Wi-Fiが不安定で……気づいたら切れた状態で……」
恵が手で顔を覆った。
大げさな、と一笑に付すことはできない。
ゲーム中毒者にとって、Wi-Fiの有無は死活問題である。
「他のゲームのスタミナやAPが溢れても仕方ない。でもブレリンの10連ガチャだけは絶対に引きたい」
「わかる。もし引かなかった10連でルシファーやバルトナが当たってたらと思うと、悔やんでも悔み切れないよね。とはいえ、その確率は恐ろしく低いんだけど。昨日の10連も星6キャラすら出なかったし」
「でももしかしたら出るかもしれないだろ。出ないなら出ないでいいんだよ、でも引かないまま『もしかしたら出てたかも……』という心残りを抱えたくないんだ」
「わかる」
私が頷いたとき、
「はい、みんな、揃ったわね?」
担任教師の声がバス内に響き渡った。
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