09:可愛い友達
昼休憩。
私は天気が良いからと江藤さんを誘い、中庭のベンチでお弁当を広げていた。
青空の下、友達と食べるお昼ご飯。
幸せだ。
でも、江藤さんと私は友達というより、ただ一緒にご飯を食べる人だよね、現段階じゃ。
私と恵が付き合ってるって言っても、「ふうん」で終わらされたし。
他の話題を振っても、すぐ途切れちゃうし。
友達になるためには、勇気をもってもう一歩踏み込まなきゃ。
昨日の喫茶店での空気は決して悪くなかったし、いまだって無言ではあるけれど、江藤さんは嫌そうな顔はしていない。
だから嫌われてはいない。はずだ。多分。
「……江藤さんって、一人が好きなの? 私がいると迷惑、かな?」
こういう質問をするときは、決まって緊張する。
肯定されたら悲しいし、少なからず傷つくからだ。
身を硬くして答えを待っていると、江藤さんは突然何を言い出すんだという顔をしてから言った。
「……。別に。迷惑ではないけれど」
「ほんと? じゃあ、明日も私と一緒にお昼食べない?」
「構わないけれど……山科さんこそ、それで良いの?」
江藤さんは風に中庭の木々がざわめく音を背景に、私を見つめてきた。
視界の端で、花壇のチューリップが呑気に揺れている。
「何が?」
「私といると、色々と大変だと思うわよ。昨日の放課後だって、見たでしょう? 私の盛大な嫌われっぷり」
江藤さんは暗鬱なため息をついた。
「……うん」
肯定するのは心苦しいけど、実際にこの目で見た以上は肯定せざるを得ない。
でも、なんであんなに嫌われてるんだろ?
江藤さんが過去に何かしたってわけじゃないと思う。
短い付き合いだけど、彼女は決して悪い人間じゃない。
昨日、彼女は私が声をかけたら泣いていた。
厚意を泣いて喜ぶほど純粋な人が、人に嫌われるようなことをするとも思えない。
「……私って、美人でしょう?」
うーむ、と考え込んでいると、江藤さんは突然そんなことを言いだした。
「うん。美人」
嫉妬も何もなく、素直に頷く。
江藤さんが美少女であることは疑いようもない事実だ。
「この容姿のおかげで昔から異性には大いにもてたわ。それに比例して同性からは妬まれた」
「ああ、なるほど……」
同性に嫌われる原因なんて、探すまでもないことだったのだ。
目に映る彼女の美しさが皆にとって罪そのものだったのだから。
「昔はね。それでも皆に合わせようと努力したのよ。妬んでくる子にはそんなことないわ、最近太ったのよ、なんて、自分を卑下してみせたり、媚びてみせたわ。でもだんだん疲れてきたの。友達が欲しい、ただそれだけのことなのになんで私はこんなに苦労しなきゃいけないのか、疲れなきゃいけないのかって」
江藤さんは暗い顔で、ぽつぽつ語った。
「小学生のときには知らない女子に体育館裏に呼び出されたわ。AくんはB子の彼氏なんだから色目を使うな、だって。私は何もしていないのにね。似たようなことはたくさんあったの。いじめまがいのこともされたわね。私を敵にすることでクラスの女子は結束を強めてたみたいよ。昨日の光景が良い例ね。無様な私の姿は盛り上がるネタにしかされてなかったでしょう」
「…………」
口元だけで自虐的に笑う江藤さんに何も言えず、耳を傾けていることしかできない。
「中学のときにはそれなりに仲が良い子がいたのよ。でも、あの子も私から離れていったわ。当時は理由がわからなくて泣いたけれど、他の子に『あんたは私の引き立て役だ』みたいなことを吹き込まれたんだって、後から知ったわ。でもね、その頃にはどうでも良くなってた。面倒くさかったのよ。煩わしい人間関係も、私に関する根も葉もない噂も、何もかもが」
江藤さんは俯き加減に喋り続ける。
……そんなことがあったんだ……。
私は口元を引き結んだ。
江藤さんは美少女であるが故に、悩みを抱え、苦しんできたのだ。
「だから吹っ切ることにしたの。勘違いしないでね、私は自ら選んで孤立したのよ。現状になんの不満もないわ。ええそうよ。本を開くことでしか休み時間を乗り切れなくても問題ないの。下校中に夕陽を見て『今日は一言も喋らなかったな』なんてたそがれることにも慣れたわ」
ん?
なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ?
江藤さんはだんだんと早口になるに伴い、顔を下げていく。
「家族しか連絡する相手がいなくても久々にメールがきたと思えば携帯料金のお知らせでも体育教師の気まぐれによる『二人組作って』のフレーズにメンタルを蜂の巣にされても別に悲しくなんてないんだからええ全然全く問題なんて……!」
「わ、わかった! わかったからそれ以上言わないで!」
顔を覆ってまくしたてる江藤さんの姿にいたたまれなくなり、慌ててストップをかける。
「一人で寂しかったんだね」
震えている彼女の肩を同情混じりに叩くと、江藤さんは手を離し、顔を跳ね上げた。
その顔には涙の痕があったけれど、彼女は髪を払い、ふんぞり返って気丈に言い放った。
「そんなわけないでしょう。寂しくなんてないわよ、ええ、ちっとも。いまさら友達なんて面倒くさいだけだし、欲しいと思っ――」
「私が友達に立候補したらだめ?」
「――ったことなんて……なん……て……」
江藤さんは髪を払ったポーズのまま、ゆっくりと言葉の速度を落としていった。
手を下ろし、真顔で尋ねてくる。
「……本気?」
「本気」
にこにこしながら見つめていると、江藤さんは。
だーっと、例の、滝のような涙を流し、急いで目を擦って証拠隠滅を図った。
そして、顔を背けたまま言う。
「……じゃあ、明日だけじゃなく、あさってもお昼は私とご飯を食べるのよ」
「うん」
「あさってもしあさっても、学年が変わるまでずっと、ずーっとよ?」
「うん」
「……いまさら嘘でしたとかドッキリでしたとか言っても聞かないからね!?」
「うん」
がばっという擬音がつきそうな勢いで顔をこちらに向けた江藤さんに、これまでと変わらない調子で相槌を打つ。
すると江藤さんは目を逸らし、顔を朱に染めた。
「そう……じゃあ……あの……ええと……よ、よろしく? 山科さん……じゃない、萌」
きょとんとすると、江藤さんは不満げな顔をした。
「何よ。友達なんだから萌でいいでしょう?」
「うん。芹那」
「! え、ええ、受けて立ったわね!? そうよ、それでいいのよ萌!」
江藤さん――もとい、芹那は興奮気味に大きく頷いた。
「再来週のオリエンテーション、私と同じ班になってよね!」
「私もそう願いたいけど、多分出席番号順で班が組まれると思う」
私は冷静な意見を述べた。
「…………」
たちまち、芹那がしゅんとなって項垂れる。
「……もしそうなっても、自由時間は一緒に行動しようよ」
「! ええ、いいわ!」
空腹時にお菓子を見せられた子供のように、芹那の顔が跳ね上がって輝くのを見て、私は堪らず吹き出した。
「な、何で笑うのよ!?」
芹那が真っ赤になって抗議してくる。
「だって……」
私はお腹と口元を押さえて肩を震わせた。
やだもう、本当この子、可愛すぎる。
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