08:連絡先が一件追加されました

「ねえ、山科さん」

 会話の隙をついて、強引に橋本さんが割り込んできた。


「ん? なあに」

「あなたがゲーム好きだということはわかったけれど、バーストクロックもできるの?」

 その話題、待ってました!

 橋本さんから振ってくれたのは好都合だ。


「できるよ。恵が一緒に遊びたいって言うから頑張って腕を磨いたんだー、あ、ちょうど昨日クリア画面撮ったんだった。見る?」

 私はスマホを取り出し、昨夜撮っておいた写真を見せた。

 ステージ16から最終ステージまでのリザルト画面四枚分。

 画面右上に表示されたスコアは四枚全てSS、最高ランクだ。


「ちなみに難易度モードはナイトメア」

 ナイトメアと書いてある部分を指で叩きながら、ダメ押しする。

 ナイトメアモードは、敵から一撃でも喰らったら死ぬという、まさに悪夢としかいいようのない極悪難易度だ。


 バーストクロックがどれほど難しいか知っている橋本さんは、白目を剥き、震え声で言った。


「……これ、本当に山科さんがクリアしたの?」

「もちろん。何ならうちに来る? プレイするとこ見てもいいよ。倒すコツとか教えてあげる。まずは銃のカスタムと、各ボスの破壊すべきパーツの順番から覚えていこう!」

 満面の笑みでビシッと親指を立てる。


「いえ、いいわ……ありがとう……」

 頭痛でも覚えたのか、橋本さんは頭を押さえた。


「もう十分にわかったわ、赤石くんに相応しい彼女はあなたしかいないって」

「やだー、そんなー。でも認めてくれてありがとー」

 左手を頰に当て、照れ笑いしてみせる。


 橋本さんはもう何も言わず、よろけながら立ち去った。

 赤石くんが両手を上げ、手のひらをこちらに向けてきた。


 ハイタッチを待つポーズだ。

 では、遠慮なく。

 ぱちん、と両手を合わせ、二人で笑う。


 弾ける音と衝撃が、何故か無性に気持ち良い。


「あー良かった。これでおれの評価は『残念なゲームオタク』で確定、近寄ってくるような物好きもいないだろ」

 赤石くんの笑顔は嵐が過ぎ去った後の空のように清々しく、晴れやかだった。


「でもいいの? 残念なゲームオタク扱いされて」

「いいよ。ゲーム好きってだけで差別するような女子なんてこっちから願い下げだ」

 赤石くんは上目遣いに私を見て、その目を細めた。


「ここまで話が合う女子がいるとは思わなかった。やっぱり萌と話してる時が一番楽しい」

「え」

 再び心臓が跳ねた。


「そ、それは、良かった。私も恵と話してるの楽しいよ」

 どぎまぎしながら言う。


「そうだ、連絡先教えてよ。彼氏彼女なのに、知らないってのもおかしいだろ」

「いいよ」

 私は赤石くんと連絡先を交換し終えた後も、しばらく無言で新たに追加された連絡先を眺めた。

 なんだか不思議な気分だ。

 つい数日前まで、ルビーはネットの中のゲーム友達でしかなかったのに、いまは『赤石恵』という実体を伴って、私の前にいる。


 これからはパソコンを開いて、ログインするかどうかもわからないルビーを待たなくても、指先一つで連絡を取ることができるんだ。

 そう思うと、目の前に表示されている文字列が魔法の文字のように見えてくる。


「普段の呼び方も恵でいいよ」

「え」

 私はスマホから彼に視線を移した。

 普段の呼び方――つまり、彼女のフリをしていないときでも、恵って呼んでいいってこと?


「おれも萌って呼んでいい?」

 眼鏡越しに見つめられて、私は困った。


 嫌というわけじゃないんだけど。

 私はこれまで異性から下の名前で呼ばれたことなんてない。

 そりゃあ、赤石くんは女子と付き合ったこともあって、私よりも遥かに人生経験豊富で、異性を下の名前で呼ぶことなんてなんとも思わないのかもしれないけどさ。


 私はただのゲームオタクで、スクールカーストの底辺で。

 当然、男性と付き合った経験もなくて。

 それなのに、こんな美形から名前で呼ばれるなんて、考えただけでもドキドキしてしまう。


 でも、とっさのときに偽カップルだとばれないためにも、普段から下の名前で呼ぶ習慣をつけたほうがいい、かな。


「……うん。いいよ」

 私は迷った末、頷いた。

「やった」

 赤石くん――もとい、恵は微笑んだ。


 出会った頃の硬い表情が嘘のように、恵はごく自然体で接してくれるようになった。

 それはただ、私のことを女子として全く意識してなくて、同じゲームオタクとしか思ってないからなんだろうけど。

 でもやっぱり、無防備に笑ってくれるようになったのは嬉しい。


「……恵」

 私はもう一度、その名前を舌の上で転がしてみた。


「え、何?」

 恵がこちらを見て首を傾げる。

 わっ、ただ呟いてみただけなのに聞かれてた!


「ううん、なんでもないの。それじゃ」

 私は逃げるように自分の席へ戻った。

 席に座った後も、なんだかむず痒いような、足元がふわふわするような感じがして、しばらく落ち着かなかった。

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