30:放課後のカフェにて

 校門を出て坂道を下り、大通りをしばらく行くとコーヒーチェーン店がある。

 比較的安いコーヒーチェーン店なので学生の財布にも優しく、店内では同じ霧波高校生の姿もちらほら見かけた。


「お席にご案内します。こちらへどうぞ」

 愛想の良い女性店員が手のひらで示したのは、窓際に並べられた二人用の席の一つだった。


 スマホを取り出してから足元の籠に鞄を置き、恵と向かい合って座る。

 私たちの右側に座っているのは二十歳前後の若い女性だ。

 派手なマニキュアを塗った指で、熱心にスマホを操作している。


 左側に座るのは私たちと同じ高校生。

 彼女たちは正方形の黒いテーブルを挟み、楽しそうにお喋りしていた。


 恵にとっては両手に花ならぬ両脇に花の状態なのだけど、ゲームができる環境さえあれば周囲に誰が座ろうがどうでもいいのだろう。

 彼は着席するなり、早速スマホを手に取ってWi-Fiの設定を始めた。


 若い女性がスマホを握ったまま、ちらっと恵を見た。

 つけまつげでたっぷりボリュームアップしたその目には興味の光が宿っている。

 へえ、この子格好良いな、とでも思っているのだろう。


 わかる。凄くよくわかる。

 恵ほどの美形はなかなかお目にかかれない。


 彼の友人には彼に匹敵するほどの美形が二人もいるけれど、恋のフィルター補正がかかっているせいか、私の目には恵がこの世界で一番格好良く映る。


 ほんの少し伏せられた長い睫毛。

 眼鏡越しに手元のスマホを見つめる真剣な目。

 茶色がかった柔らかそうな髪、すっきりと通った鼻筋、背後の窓から差し込む淡い光に照らされた頬の輪郭、スマホに触れる指、その全てにほうっとため息が漏れる。


 私、これから恵に告白するのか。

 本当に告白していいのかな。

 迷惑に思われたらどうしよう……きっぱりフラれるくらいなら、親しいゲーム友達のままでも……いやいや、それじゃ満足できないから告白するって決めたんでしょう!


 再び芹那に思いっきり背中を叩かれたような気がした。

 芹那だって頑張ったからこそ、青葉くんの愛を手に入れることができたんだ。

 最高の親友とまで言ってくれた芹那に失望されたくない。

 あれだけの勇気を見せてくれた親友の心からの励ましを、無駄になんてしたくない。


「ん?」

 視線に気づいたらしく、ゲーム画面を見ていた恵が上目遣いに私を見た。

 予期せぬ上目遣い攻撃に、どきんと心臓が跳ね上がる。


「あ、いや、なんでも」

 私はあたふたと手を振って、スマホを取り上げ、急いでWi-Fiの接続を開始した。


「やっぱさ。今日の萌、なんか変じゃない? 授業中もちらちらこっち見てたよな?」

 げっ、気づかれてた!

「何かおれに言いたいことでもあるの? 不満とか?」

 違う。全く逆だ。


「やだな、ないよそんなの。ほら、エンドラ立ち上がったよ。協力プレイしよう」

 私はゲーム画面を見せ、強引に話題を変えた。


「ああ――っと」

 ちょうどそこで店員がやって来て、私と恵は上体を引き、スマホを握る手をテーブルから下ろした。


 店員が私たちの前にそれぞれ氷の入ったグラスを置く。

 二人ともカフェオレを注文すると、かしこまりました、と軽く頭を下げ、店員は去っていった。


 私は再びスマホを構え、パーティーの選択画面に移った。

 これまで何度か恵と遊んできたエンドラ――正式名『エンシェントドラゴン』はアクションRPGだ。

 騎士、剣士、魔導士、弓使い、槍使い、等々。

 ガチャで引き当てたり、配布されたキャラたちが並んでいる。


 誰にしようかな。

 恵も私も事前に攻略サイトを覗いて情報収集する趣味はないので、どんな敵が出てくるのかは全くの未知だ。


 これが恵との最後の協力プレイになるかもしれない。

 後悔しないように、全力で挑もう。


「高難易度ダンジョンってことは、やっぱりボスはクロスカウンター持ちで、双剣使いのカウンターは潰されるかな」


 エンドラの双剣使いはフリックでタイミングよく敵の攻撃を回避すると、敵の防御力やバリアを無視したカウンター攻撃を繰り出すことができる。

 敵の攻撃タイミングを見切った達人が双剣使いを使うと、一方的に敵を攻撃し続けることができるというわけだ。


 ただし敵によってはカウンターをするとカウンター返しをしてくる。

 双剣使いの防御力は紙なので、攻撃を受けたら数発で死んでしまう。

 高難易度ダンジョンは攻撃の一発が重いので即死するだろう。


「うん。双剣は止めたほうがいい。おれは剣士と魔導士で行くわ」

「じゃあ私は弓使いと僧侶で行こう」

 パーティーのメインに弓使い、サブに僧侶をセットする。


「鍵付きの部屋立てたから来て。番号は90326」

「オッケー」

 女性剣士をメインに据えた恵と共にダンジョンに突入。


「うわ。途中で合流するタイプか」

 恵と私では出発点が違った。

 近くにいるけれど、キャラの間には厳然とした壁が立ちはだかっている。


「えー、単独行動なら私も剣士か騎士使えば良かったー」

「いまさら言っても仕方ない。頑張れ」

 嘆く私を無責任に励まして、恵はさっさと進んでいく。

 確かに愚痴っていても仕方ない。

 私はカメラを最大限に引いて恵の行動を視野に入れながら、先へと進んだ。


 広い部屋に入ったところで、恐ろしい形相のヤマタノオロチが行く手を阻んだ。

 しかもご丁寧に、三匹のお供の蛇を連れて。


「うげ、ヤマタノオロチだ! 最適なのは剣士じゃん! 弓使いとか、相性最悪!」

「あー、いいなあ、こっちハーピィなんだけど。しかも三匹」

 ハーピィは対空攻撃アップ持ちの弓使いが最適だ。


「私が部屋を立てれば良かったね。私が1P、恵が2Pで入るべきだった」

「本当だな」

「……いっそ死んでやり直す?」

「まさか」

 案の定、恵は即却下した。


「ですよね。不利だからこそ燃える、あなたはそういう人ですよ」

「わかってんじゃん」

 恵の口元がつり上がったような気がした。

 視線はゲーム画面に固定されているから見えないけれど。


 何せここは高難易度ダンジョン。

 防御力の低い弓使いは敵のクリティカルヒット一発で死んでしまう。


 それきり私たちは口をつぐみ、ゲームに集中した。

 タップとフリック、スキルと必殺技を駆使して地道にダメージを与え、敵の攻撃を回避する。


「お待たせしました」

 店員の声がしたけれど、私たちに構う余裕はない。

 協力プレイ中に一時停止は不可能だ。

 敵の真ん前で手を止めるわけにはいかない。


「すみません、置いといてください」

「はい」

 店員はカフェオレを置いて去って行った。


 それから約五分後、私はどうにか敵を撃破した。

 部屋の封印が解け、その先の通路で恵と無事合流するや否や、大きく息を吐き出す。


 ここは安全地帯なので、放置してても大丈夫。

 やっと一息つける。

 私は放置していたせいで氷が少し溶けているカフェオレにシュガーシロップを投入し、ストローでかき混ぜた。


「ああああ死ぬかと思った……ヤマタノオロチの次は人魚にユニコーンって、酷くない? さすがに弓使いでユニコーンと戦ったのは初めてだよ。ユニコーンの突進攻撃喰らったら即死だよ? しかも同時に二体出現って、運営は鬼だわ……」

 緊張で乾いた喉に大量のカフェオレを送り込んで、ぐったりとテーブルに突っ伏す。


「いやあ、神回避だったなー。特に終盤、六連続ジャスト回避は素晴らしかった」

 私のプレイを見ていたらしく、カフェオレ片手に恵が笑った。


「……よくこっちを見る余裕があったね。恵は恵で、イフリートが乱発する炎の回避が大変そうだったのに」

 あの炎はいかに防御力高めの剣士といえど、当たったら死ぬ。


「タイミングが分かればそんなに怖くないよ」

 簡単に言ってくれる。

 やっぱり恵は私以上のゲーム馬鹿だ。


「そろそろボス戦行こう」

 数分して、恵が再びスマホを手に取った。


「はーい」

 これからが正念場だ。

 回復役の僧侶が死ぬわけにはいかないと、私は気合を入れてゲームに臨んだ。

 それからどれくらいの時が経っただろう。


 ゲーム画面に『clear!』の文字が表示され、操作していたキャラたちがドヤ顔で勝利のポーズを決めた。


「やったー、クリア!」

 恵が片手でガッツポーズした。

「はい、お疲れ様でした……ほんと疲れた」

 私はぱたんとスマホをテーブルに置いて、カフェオレを飲んだ。


「いやーさすが萌だわ。欲しいときに回復や援護が来る。長いこと一緒にシャンテで遊んできたおかげか、息ぴったりだよな。ゲームの相棒として最高だ。おかげで無事に石回収できたし、付き合ってくれてありがとな」

 恵はご満悦らしく、眼鏡の奥の目を細めている。


「ゲームの相棒として……ね」

 私は恵からスマホに視線を移して、オウム返しに呟いた。


「どうかした?」

 恵が尋ねてくる。


 なんでもないよ――なんて、私はごまかさなかった。

 ゲームは終わった。


 いまこそ、告白の時だ。

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