29:最高の親友
「止めたほうがいいんじゃ……」
危機感を覚えて恵にそう言いかけたとき、芹那の声がした。
「早まらないで、青葉くん。私は懐かしい中学のクラスメイトと会って話をしてただけよ。さっきのは少しふざけてただけ。そうよね?」
そちらに顔を戻せば、芹那は荒川さんを見ていた。
「そ、……そう。よ」
荒川さんがぎこちなく頷く。
「そ、そうだよ、あたしら、話してただけ……」
取り巻きの一人が震え声で言う。
もう一人は居心地が悪そうに俯いていた。
「……そう。芹那がそう言うなら、そういうことにしておこうか」
芹那の意思を尊重することにしたらしく、青葉くんは微かに笑った。
「ええ。もうあの子たちとの話も終わったし、帰るわ」
芹那が促すように青葉くんの背中を叩き、歩き出した。
こちらに向かってくる。
教室までの最短距離を行くなら特別校舎の前を通るのが一番早い。
青葉くんが背を向けたことで、あからさまに安堵する三人。
けれど、青葉くんは数歩歩いたところで足を止め、振り返った。
三人が身を強張らせる。
「今回は芹那に免じて見逃すよ。でも、次は女子だろうと容赦しない。肝に銘じておくんだね」
零下の声音で釘を刺してから、青葉くんは再び前を向いた。
「芹那?」
顔を覆っている芹那を見て、青葉くんが首を傾げる。
「……。何でもないわ」
指の間から見える芹那の顔は真っ赤だ。
相当に嬉しかったんだろうな。
すくっと背筋を伸ばし、赤い顔で再び歩き出した芹那は、特別校舎の陰にいる私たちを見つけるなり目を丸くした。
「えっ。なんで――見てたの!?」
「えへへ。ごめん。芹那のことが心配でつい」
私は頭を掻いた。
「悪い。最初からとは言わないけど、途中から見てた」
恵も苦笑しながら数歩、芹那に近づいた。
「もう。覗き見なんて止めてよ。恥ずかしい」
芹那は頰を朱に染めてむくれた。
「いや、芹那が危ないと知らせてくれたのはこの二人だよ? 二人がいなかったら僕は駆けつけることもできなかったんだから、お礼を言わないと。ありがとうね、二人とも」
青葉くんがにっこり笑う。
その笑顔を見て、もう大丈夫と判断し、私は肩の力を抜いた。
さっきの青葉くんは有り体に言って、めちゃくちゃ怖かった。
鬼のように怖いと言っていた風間くんの言葉は決して大げさではなかった。
「そうだったの……ありがとう」
けれどやっぱり見られていたのは恥ずかしいのか、芹那が髪を弄る。
「どういたしまして」
恵が笑う一方、私は芹那に詰め寄ってその両手を掴み、熱く訴えた。
「芹那格好良かったよ! 感動した! 特にあの『誰が泣こうと喚こうと私はこの恋を』――」
「いやああああ何で復唱するのよ!?」
芹那は完熟トマトよりも顔を赤くして私の手を振り払い、私の口を両手で塞いだ。
おかげで、ぐむむむ、としか言えなくなる。
あの言葉は是非、青葉くんに聞かせたかったのに。
青葉くんも感動すること請け合いなのに。
「え、何。この恋を、の続きは?」
「興味を持たなくていいから! この話は終わりなの!!」
ちょっと楽しそうな青葉くんに、芹那が真っ赤な顔で喚く。
「あはは……ところで祐基は?」
「はーい、呼んだ?」
間延びした声が背後から聞こえた。
振り返れば、ポケットに手を突っ込み、のんびりとした歩調で風間くんが歩いてくる。
彼も私たちとは違う場所から見守っていたようだ。
「……みんな、私のために集まってくれたのね」
芹那は風間くんが到着するまで待ってから、順番に私たちの顔を見た。
「助けようって言ったのは萌だ。礼なら萌に」
恵が親指で私を指す。
そもそも恵が偶然芹那を見かけなければ助けようがなかったし、実際に助けたのは青葉くんだ。
でも、私はそれを指摘するほど無粋じゃない。
せっかく皆が花を持たせてくれたんだから、ありがたく受け取ろう。
「ありがとう。あなたは最高の親友だわ、萌。私、この学校に来て良かった。あなたに会えたもの」
芹那は両腕を広げて抱きついてきた。
普段クールな芹那が珍しい。
感情が高ぶっているのだろう。無理もない。
「言い返す勇気が出せたのも萌のおかげよ。もう独りだった中学の時とは違う。誰に嫌われたって、どんな敵を作ったって、萌だけは私の味方でいてくれるって信じられたから」
「……当たり前でしょ。芹那は大事な親友なんだから」
私は微笑んで目を閉じ、芹那を抱き返した。
良い香りがする。
入学式の時も香った、シャンプーらしき香り。
抱き合っているいまは、あの時よりも香りを強く感じる。
私、この香り、好きだな。
「そう言ってもらえて嬉しいよ。私が最高の親友なら、青葉くんは最高の彼氏だね」
小声で囁くと、芹那の耳が赤くなった。
「……ええ。私もそう思う」
のろけた!
にやにやしていると、仕返しされた。
「萌も頑張りなさいね」
「……あー。でも芹那が大変だったし、正直もうそんな雰囲気じゃ」
「ちょっと」
聞き捨てならないのか、芹那が身体を離し、柳眉を逆立てる。
「それとこれとは話が別でしょう、私を言い訳にするなんて許さないわよ。ちゃんと言いなさい!」
さっきまでのしおらしい態度はどこへやら、息がつまるほど強く背中を叩かれた。
「……はい」
じんじんと痛む背中を撫でる。親友の愛が痛いです。
「私のために時間を取らせてしまって悪かったわね、赤石くん。おかげで問題は無事解決したし、後は気にせず存分に萌とのデートを楽しんできて。不束な親友だけど末永くよろしくね」
芹那は私の背後に回って両肩を掴み、恵に向かって押し出した。
「末永く?」
「芹那の発言は気にしないで!」
「ああ……? まあいいや。じゃあ、今度こそ行こうか、萌」
私の勢いに押されたらしく、戸惑いつつも、恵が特別校舎の傍に置いていた鞄を取り上げて歩き出す。
「……うん」
そうだ。
今度こそ、恵に告白しに行くんだ。
私は跳ねる鼓動を意識しながら、自分の鞄を持って恵の後を追った。
「行ってらっしゃーい」
芹那が満面の笑顔で手を振っている。
これまでの芹那の言動と、珍しいほどの笑顔でぴんと来たらしく、「あーそういうことね」と風間くんが手を打った。
そして、芹那そっくりの行動を始める。
「行ってらっしゃい、頑張ってー上手くいくように祈ってるわー!」
風間くんまで応援を……!!
おかげで通りすがりの生徒が何事かという顔で見てくるじゃないか!
「何言ってんだろうな」
恵は不思議そうだ。
「さあ……」
恥ずかしくて顔が上げられない。
「ねえ、何が上手くいくの? あの二人、何かあるの?」
青葉くんが質問する声が聞こえる。
「……お前はほんっと鈍いよな」
呆れたような風間くんの呟きが、風に乗って届いた。
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