12:ゲーム馬鹿ここに極まれり
正午より少し早く虹丘高原に着いた私たちは、入館式を終えてブレザーの制服から私服へと着替えた。
三組の女子が割り当てられた部屋は三階の広い和室だ。
その服可愛いね、とか、どこで買ったの、とか、芹那やクラスメイトたちと他愛のない話をする。
「トイレに寄るから先に行ってて」
「了解。食堂で待ってるね」
私は芹那にそう言って、一足先に部屋を出た。
三階の廊下を歩き、階段を下りていく途中、踊り場に姿見があった。
足を止めた私の姿が映し出される。
肩にかかるショートボブの髪に、ミントグリーンのパーカーに白いシャツ、黒のズボン。
服が汚れても良いように、他の子も地味な格好をしている。
だからといってモノトーンで統一するのも味気ないので、パーカーには明るい色を選んでみた。
「お、萌ちゃんだ。ハロー」
一階のロビーを歩いていると、テレビの前のベンチに座っていた風間くんが振り返り、右手を上げてきた。
金色で英語のロゴが入ったシャツとジーンズをばっちり着こなした彼を見て、ロビーを横切って食堂へ向かう女子たちが色めき立っている。
「何してるの」
「テレビ見てるの」
悪びれもせず、あっけらかんと彼は答え、左手に握ったリモコンを掲げた。
「なるべく早く着替えて全員食堂に集合!」と強面の学年主任から号令をかけられているにも関わらず、我が家のようにくつろいで足を組み、堂々とベンチのど真ん中でテレビを見るという豪胆さよ。
「それは見ればわかるけど、怒られるよ?」
私は呆れ半分、感心半分で言った。
テレビの中ではタレントが陽気に笑っている。
「食堂に行ってもどうせしばらく待たされることになるだろ? 女の子の身支度に時間がかかるのはお約束じゃん。だったらテレビを見てたほうが暇潰しになるかなって。まーでも、萌ちゃんが止めてっていうなら止めよう」
風間くんはリモコンを操作し、テレビを消して立ち上がった。
「せっかくだし一緒に行こうぜ」
肩を叩かれた。
風間くんはスキンシップが大好きだ。もちろん、女子との。
「うん。それは構わないけども……青葉くんはどうしたの?」
風間くんが我が道を行く暴れ馬だとしたら、青葉くんは御者だ。
お目付け役の彼がいれば、号令を無視してテレビを見るなんて愚行は許さなかったはずだけど。
「あいつなら顔色の悪い恵を心配して先生のとこに連れてったぜ。多分恵はしばらく休むことになるんじゃね?」
「そっか……」
私は歩きながら俯いた。大丈夫かな。
「原因聞いた?」
「うん。ゲームで夜更かししたからでしょう?」
「アホだよな、ほんとアホ。ゲームで寝不足なんて馬鹿か! って、綾人に怒られてたわ。ああいうのを怒髪天を衝く勢いって言うんだろうな。恵の奴、反論できずに縮こまってやんの。あの姿、萌ちゃんにも見せてやりたかったわ」
風間くんは手を振りつつ、けらけら笑った。
「俺も恵も綾人には敵わねえんだよなー。おとなしい顔して怒ったら鬼より怖えんだよ綾人」
「誰が鬼より怖いって?」
食堂の扉が見えたとき、後ろから声が聞こえた。
「お、噂をすればなんとやら」
振り返ると、青葉くんが立っていた。不機嫌そうな面持ちで。
彼の服装はカーキ色のパーカーにボーダーの入ったシャツ、黒のズボンだ。
「どうよ? 恵の容態は」
「容態っていうほど大げさなものでもないけど、とりあえず夕食までは寝ることになったみたい。その後どうするかは様子見だね」
「昼食は?」
私の問いに、青葉くんは首を振った。
「要らないってさ。とにかく寝たいんだって。本当に馬鹿なんだからあいつ」
青葉くんは怒りと心配が同居したような表情で愚痴った。
「仕方ねえよ、イケメンなのは外見だけで、中身はまるっきり小学生男子だからな。おかーさんは大変だねえ」
「誰がおかーさんだ」
青葉くんに睨まれて、風間くんは明後日の方向を向いた。
午後六時、私たちは宿泊施設の外にある屋根付きのバーべキューハウスのような場所で
メニューは定番のカレーだ。
同じ班になったクラスメイトたちと談笑しながら野菜の皮を剥いたり、ニンジンやジャガイモを切ったりする作業は楽しい。
芹那も一班の子たちとそれなりに仲良くやっているようだ。
もう彼女のことは心配しなくて良いだろう。
「あ、赤石くん戻って来たよ、山科さん」
「えっ」
隣で玉ねぎを切っていた女子から言われ、私は料理の手を止めた。
恵が通路を突っ切って歩いている。
遠くてちゃんとは見えないけれど、足取りはしっかりしている。
顔色も悪くなさそうで、ほっとした。
視線に気づいたらしく、恵がこちらを見た。
バスの中でのことを思い出したのか、気まずそうにいったん目を伏せ、それからすぐに笑顔で片手を上げてくる。
開き直ったらしい。
だったら私も応えよう。何もなかったような顔で。
ここで変に恥ずかしがったら、クラスメイトたちから何があったのか追及されるのは必至!
心の片隅でいまでもグルグル回る「恥ずかしい」という思いを封印し、微笑んで小さく手を振り返す。
その後しばらくは同じ班の子たちに冷やかされて困った。
オリエンテーション一日目の全日程を終え、消灯時刻となった。
消灯時刻は23時。
普段に比べれば早めだ。
でも、明日の集合時刻が朝7時、起床時刻が6時なので妥当な消灯時刻といえる。
女子が集まれば必然、恋愛話に花が咲くものだけれど、さすがに二時間も経てば暗い部屋のあちこちから寝息が聞こえ始めた。
音を立てないようにそっと起き上がり、部屋の中を見回してみる。
隣の布団で芹那も目を閉じているし、起きているのは私だけのようだ。
そうだ、忘れないうちに『ブレリン』の10連ガチャ回しておこう。
私はスマホの光が漏れないように布団を被り、ゲームを起動して10連ガチャを回した。
魔法陣が赤く輝いた。
虹色に光らない時点で最高レアである星7キャラの可能性はないので、がっかりした。
結果は星5が9体、星6が一体。
外れだ。このキャラは使えない。上位互換のキャラを私はもう持っている。
やっぱりそう簡単に強いキャラは出ないよねえ……。
胸中でため息をついて、画面を消す。
恵は10連ガチャを諦めただろうか。
宿泊施設にWi-Fiが通ってなかったから、諦めるしかないよね。
どうしようもないんだし……いや待てよ、自らの睡眠時間を削ってでもゲームで遊ぼうとする、あの恵が、おとなしく諦めるだろうか?
ぽこりと胸中に疑惑の泡が浮かぶ。
Wi-Fiが通っていて、利用しやすい場所といえば、筆頭として挙げられるのがコンビニだ。
そういえば、国道沿いにぽつんと一軒建ってたコンビニを行きのバスの中で見つけた。
ここから徒歩で二十分はかかりそうだけど、恵なら行こうとするんじゃないだろうか。
まさか。いや、でも。
私は布団の中で悶々と考えた末、恵にメッセージを送った。
『起きてる?』
寝てるならマナーモードにしてるよね。
お願いだからそうであって。
私の着信音で起こすことがありませんように。
既読なんてつきませんように。
祈りながら待つ。
五分待って既読がつかなければ寝ていると判断して私も寝ようと思ったけれど、一分と経たずに既読の文字がついた。
『どうかした?』
返って来たのは短い一文。
やっぱり起きてたんだ!
『もしかしたら10連ガチャするためにコンビニにでも行くんじゃないかと思って』
私は高速で文字を打ち込んだ。
『なんでわかったの。ちょうどいま外に出たとこ』
はい!?
慌てて視線を上に動かせば、スマホに表示された時刻は一時半過ぎ。
きっと先生たちが眠るまで待ってたんだ……。
あまりの執念に、私は震えた。
『もう夜遅いし、寝たほうがいいよ』
おやすみ、というスタンプが送られてきた。
『それはこっちの台詞! 睡眠不足で死にかけたくせに何してるの、戻っておいで!』
『10連したら帰ります』
笑顔のスタンプが送られてきた。
ゲーム馬鹿ここに極まれり――アホだ。この人ほんとアホだ、全然懲りてない! 助けて青葉くん!
『ちょっと待って、出発ストップ! 私も行く!』
文字を打ち込む作業すらじれったい。
いますぐ電話して「馬鹿!」って怒ってやりたい。
『なんで?』
『心配だからに決まってるでしょ!』
『大丈夫、祐基もいるし』
どうやら青葉くんはいないようだ。
青葉くんなら全力で止めてくれただろうに、怒られると思って内緒にしたんだな。
風間くんなら止めるどころかノリノリで付き合いそうだもんね。
実際そうみたいだし。
『とにかく私も行くから、待ってて!』
私は畳んでいたパーカーを引っ掴んで立ち上がった。
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