06:ハーディの札

 お互いに正体もわかったことだし、いちいち文字を打つのも面倒だからボイスチャットをしないか?


 スノウ――風間くんにそう提案され、私は快諾した。


 時刻は午後八時。

 今日も今日とて、私たちは四人でオンラインゲームをしていた。


 アバターたちは星空の下、見晴らしの良い丘に車座で座っている。


『こんな偶然あるんだね。まさかアリスが霧波に来るとは思わなかったよ』

 落ち着いた声音で言ったのは、青葉くん。

 ボイスチャットを始めたときに、お互い簡単な自己紹介は終えていた。


『私も。赤石くんから皆がいるって聞いたときは心臓が止まるかと思った。風間くんは女子からモテモテだったね』

『ああ、俺はあれがデフォだから』

 照れも謙遜もなく、あっけらかんとした口調で風間くんが言う。


『何なら萌ちゃんも俺のハーレム要員になる? 大歓迎よ?』

「遠慮します」

『いやん、フラれたー』

 立ち上がり、大げさにショックのモーションをするスノウ。


『アホか』

 赤石くんが冷たく突っ込む。

『ごめんね山科さん、スノウの中身がこんな馬鹿で幻滅したでしょう』

 青葉くんが申し訳なさそうに言った。


『何だよ、それを言うならお前だってそうじゃん。綾人もけいもネカマでショックだったんじゃない、萌ちゃん』

「そんなことないよ。どんなアバターを使おうが個人の自由でしょう? 私もシャンテをやる前、別のゲームでは男性アバター使ってたし」

『えっ、そうなの?』

 風間くんの驚いた声。


「うん。そのときは友達とプレイしてたんだけどね、そのゲームには結婚システムがあったからやってみようっていう話になって。女性アバター同士じゃ結婚できなかったから、男性アバターを作ったの」

『ほら、性別を偽ることは普通に行われてることなんだよ。悪いことでも何でもないし』

『むう。まあいいや、萌ちゃんに免じてそういうことにしておいてやろう』

『お前は何様なんだよ……』


「ふふ。青葉くんと風間くんは本当に仲が良いんだね」

 お互いに遠慮のない二人のやり取りは息ぴったりの漫才のようで、聞いているだけで面白い。


『俺と綾人は幼稚園のときから一緒だからなー。つっても、いまみたいに喋るようになったのは小学二年のときからなんだけど。虐められてる綾人を助けたのがきっかけだったよな』

「えっ、青葉くん、虐められてたの?」

 私は目を見張った。


『そーそー。いまでも綾人は女顔だって言われてるけど、小さい頃はそれはもう、まるっきり女だったわけ』

 一人だけ立ったままのスノウが両手を広げ、肩を竦めた。


『そんなことないし……っていうか、どんな言葉の使い方だよ』

 青葉くんの呟きを黙殺して、風間くんは喋り続けた。


『女みたいな男がいたら目立つじゃん? 当然、虐めっ子に目をつけられるじゃん?』

「当然かなあ……?」

 そんな当然、あってほしくない。


『で、お前女みたいだなー本当に男かよ、ちょっと見せてみろって、剥かれそうになってた綾人をヒーローよろしく助けたのがこの俺よ。そのとき俺、ちょっとむしゃくしゃしてて。気晴らしもかねてボコボコにしてやった。そしたら綾人が俺に懐いた。以上』

「……合ってるの?」

 私は座ったままの紅葉を見つめた。


『うーん……まあ、大体合ってるってことにしておいて』

「了解です」

 私はくすっと笑った。


『モテるっていえばさあ、恵もモテてたな。ちらっと三組覗いてみたけど、女子に囲まれてたじゃん』

 風間くんは急に話題を巻き戻した。彼は至ってマイペースだ。


『別に嬉しくない。外見目当ての女子にまとわりつかれても迷惑なだけ。突っぱねたいけど、あんまり邪険にすると恨みを買うし……本当に面倒くさい』

 赤石くんは憂鬱そうだ。


 紅葉の隣に座るルビーが背を向けている方向――丘の下には街道があって、ちょうど見知らぬ男女が街道を走り抜けるところだった。

 あの二人はカップルだろうか。

 そういえば、失恋したルビーを気晴らしに連れて行ったのも、この先の『幻想の谷』だったっけ。


『山科さんって好きな人とかいるの』


「…………へっ?」

 突然赤石くんに聞かれて、思考が停止した。

 唖然としてパソコンの中のルビーを見つめる。

 ルビーはただ座っているだけで、微動だにしない。


「なに、どうしたの、急に」

 私は目をぱちくりしながら聞いた。


『おお、出会った初日で一目惚れ? やるぅ』

『黙ってろ』

 青葉くんがぴしゃりと言って、風間くんの口を封じてくれた。


『いや。もしいないなら、彼女のフリをしてくれたらありがたいなと思って』

「ああ、なるほど」

 彼女持ちというステータスがあれば、近づこうとする女子はぐんと減る。


「ハーディの札よろしく、女子を退散させるために彼女のフリをしてほしいってことね?」

 ハーディの札は、とあるRPGに出てくる女子除けの札だ。

 装備していると街中で女性キャラが近づいてこなくなるという、なんともマニアックな効果を発揮するため、ゲーム好きの間ではネタになっていた。


『そう。もちろん嫌なら断ってくれて構わないけど。どう?』

『お前は本当にコミュニケーション下手だよなあ』

 青葉くんに黙れと言われたはずの風間くんが割って入ってきた。呆れ声で。


『何だよ。おれはいま山科さんに質問してるんであって、祐基の意見なんて聞いてないんだけど。頼んでるだけで強制なんてしてないし、嫌なら断っても良いって言ってるだろ』

 ムッとしたらしく、赤石くんの声が険を帯びる。


『あのなあ』

 風間くんはため息まじりに言った。


『いきなり彼女のフリをしてくれなんて言われて、はいそうですか、とはいかねえだろうが。恵は他の誰でもなく、山科さんに彼女のフリをして欲しいと思ったんだろ。その理由をまずは明かせ。口説く努力もせずに女が落ちると思うなよ』

「それはちょっと大げさだと思うけど……」

 私は苦笑してから、赤石くんに呼びかけた。


「でも、一理あるよ。なんで私に頼むのか聞きたい」

 少しの間があった。

 言葉を探すような空白の時間を挟んで、赤石くんは静かに語り始める。


『……同じ高校に通うって知ったとき、本物のアリスに会ったら幻滅するかもしれないって、正直、不安だった』

 耳に心地良い低音ボイスが、私の鼓膜を震わせる。


『でも、実際に会って言葉を交わしても、山科さんは人の良いアリスのイメージのまま変わらなかった。衆人環視の中、堂々と江藤さんを庇った姿を見て、この子なら信頼できそうだと思った。どんな状況に置かれても自分の正義を貫ける、強い子だと。おれはあのとき感動した。あの姿を見て、山科さんが味方になってくれたら心強いなって……そう思ったんだ』

 照れるのか、気まずそうに、赤石くんが言った。


『つまり、萌ちゃんじゃなきゃ嫌なんだな?』

 からかうような調子で、風間くん。

『……まあ、そういうこと』

 渋々ながら、赤石くんが認めた。

 

「おお……」

 彼女のフリとはいえ、私じゃなきゃ嫌だなんて……なんか照れるな。

 私は両手で頬を押さえ、揉んだ。

 わずかに熱くなっている。


『ほら、感動してるだろ?』

 風間くんがドヤ顔をしている気がする。


『面と向かって伝えたらもっと感動してくれただろうに。なんでボイスチャットで言うかねえ』

『うるさい。面と向かって、なんて、恥ずかしくて言えるか』

 

『やーいヘタレー』

『なっ』

『で、どうするの、萌ちゃん。恵は彼女役に貴女あなたをご所望ですが』

 風間くんに怒ろうとしていた赤石くんが言葉を飲み込んだ気配がする。

 多分、彼はじっと私の声に耳を傾けているのだろう。


「……私で良かったら」

 私ははにかみながら言った。


『キター!』

 拍手の音が聞こえた。もちろん、拍手しているのは風間くんだ。

『だから茶化すなって』

 辟易した声で、青葉くん。


『いいの?』

 と、赤石くんが尋ねてきた。

「うん。本当に彼女になるわけじゃなくて、フリだし。構わないよ」

 お互いに好きな人ができたら破局したってことにすればいいだろう。


『ありがとう。助かるよ。もし彼女のふりをすることで他の女子たちに何か言われるようなことがあれば、すぐに教えて。おれが責任をもって対処するから』

「わかった。私も準備はしとくね」

『準備?』

 風間くんがオウム返しに尋ねてきた。


「うん。私が彼女になるっていうなら、女子が納得する理由がいると思うの。その準備」

 私と赤石くんじゃ月とすっぽんもいいところだ。

 不釣り合いだと陰口を叩く女子もいるだろう。

 でも、幸い、私も赤石くんも度を超したゲーム好き。

 その面で女子から「赤石くんの彼女は私しかいない」と思わせればいい。

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