教えて、理央先生! ブタ野郎は常に『身体目当て』⁉

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一限目、青春ブタ野郎は『身体目当て』だから、相手の女の子が記憶喪失だろうが二重人格だろうが関係なくて⁉

「──お兄ちゃん、会いたかった!」


 その、長い黒髪のクラスメイトの御令嬢は、たった今まで立っていた教壇から、僕の席へと駆け寄るなり、そう言った。


 ………………………………は?

「え、ええと、君は確か今し方先生から紹介をされたばかりの、僕たちの新しい同級生の、しまさん──だったよね?」

 僕は、現在間違いなく精神的に不安的な状態にあると思われる、目の前の少女に対して、確認をとる意味と心を落ち着かさせる意味との両方から、あえて自明な質問をしてみた。

 ──しかしその大人びた美少女殿は、とんでもない爆弾発言を、いきなり投下してきやがったのだ。


「違うよ、何言ってるのよ! お兄ちゃん、私だよ、だよ!」


「へ? 、だって?」


「あー、お兄ちゃん、今のニュアンス、漢字の『花楓』だったでしょう? 違う、違うの! 私は以前の、ひらがなのほうの『かえで』なの!」


「──っ」

 ……何、だと⁉


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


「──それでこの期に及んで、『新ヒロイン』の登場ってわけか? このブタ野郎が、そのうち刺されて、死んだらいいのにね」


 毎度お馴染みの物理実験室に響き渡る、辛辣な声音。


 もちろんこちらを絶対零度の見下げた目つきで見つめているのは、白衣に眼鏡装備の、こういった物語ラノベでは必ず理科関係の教室に常在している、ステレオタイプのサブヒロインキャラであった。

「……おい、何だその、雑なキャラ紹介は? たかが二次創作のチンピラWeb作家ごときが………………潰すぞ?」

 す、すみません! ……えー、実はこの白衣美人であられる彼女こそが、現在皆さんが御覧になられている、『青春ブタ野郎』の二次創作シリーズである『おしえて、先生!』の、主人公兼ヒロインであられる、ふた様なのでした!

「うん、よし。その調子で、謙虚こそをモットーに、私だけを盛り上げていくように、これからも描写していくんだぞ?」

 ははー、仰せの通りに。

「──よくないよ! 何でいきなり地の文に突っ込んでいるんだよ⁉ それに本来地の文は、主人公かつ語り手の僕の担当のはずだったのに、どうして前後の脈略もなしに、この二次創作の筆者なんぞがしゃしゃり出てくるんだよ! いくら二次創作だって、メタのやり過ぎだろうが⁉」

「だって、SFにはメタが付き物じゃん」

「勝手に、断言するなよ⁉ すべての作品において絶対にそうとは、決まってないだろうが!」

「あーあー、そうそう、そうだね、その通りだよねえ」

「何その、やる気のなさは⁉」

 先程からの理央のいい加減極まる態度に、とうとう堪忍袋の緒が切れた俺に対して、その時返ってきたのは、

 ──もはや、メタがどうしたとか地の文がどうしたとかを完全に凌駕した、すべてをぶち壊しにする一言であった。


「いやそもそも、私たちに人間には、『人格』なんてもの自体が存在しないのだから、『いつかは消え去る定めの記憶喪失中だけの仮人格お涙頂戴物語』なんて語られても、しらけちゃうだけなんだよねえ」


 はああああああああああああああああああああ⁉

「な、何だよ、人間には『人格』なんて無いって、そんなわけあるか! しかも現実的問題としてはもちろん、小説的にはもはや取り返しのつかない、致命的な発言だぞ、これは! 何せ小説というものは、別に『多重人格SF』とかいった特殊な作品だけではなく、ほぼすべての作品が、主人公その他の登場人物の『人格』こそを、メインに描写していくものなんだからな! ──つまりおまえはそのたった一言の妄言だけで、すべての出版関係者を敵に回したようなものなんだぞ⁉」

「おや? 青春ブタ野郎で、思春期『まっただ中』症候群の、あずさがわ咲太君なら、心から賛同してくれると思ったんだがねえ」

「まさか! 勝手に仲間にするんじゃねえ!」

 おまえの戯言なんぞと、心中して堪るか!

「へえ、だったら、君の女性に対するポリシーについて、今ここで語ってみたまえよ」


「は? つまり僕のさんやしょうさんに対するアプローチの、基本スタンスってことか? そんなもの言うまでもない、──『身体目当て』に、決まっているだろうが?」


「おー、さすがは青春ブタ野郎。一瞬の迷いもなかったね。だったら、仮に二重人格の女の子がいて、間違いなく同じ彼女なのに会うたびにまったく異なる性格になって、一体どっちの彼女が本物かわからなくて、しかもいつか『三角の距離が限りなくゼロ』になって、二つの性格が統一される日が来るのかどうかさえ定かではない場合、君ならどうする?」

「そんなもの、ヤッちまえば、性格がどうかなんて関係ないだろうが?」


「──うんうん、その通り。つまり君のような即物的なブタ野郎にとっては、最初から女の子の人格なんか、どうだって構わないわけなのさ」


 あ。

「いやいやいやいや、そんなことはございませんよ⁉ わたくし梓川咲太は何よりも紳士ですので、女性に対しては常に、外見よりも中身を重視しておりますとも!」

「白々しいことを言うでねえ! 君たち世の男ども──中でも思春期『まっただ中』症候群の中高生のオスガキどもが、女に対して外見よりも中身を重視したりするものか! ほぼ間違いなく、何はさておき『身体目当て』だろうが?」

「………………」

 は、反論、できねえ〜!

 いや、いくらでも「違う!」とか「そんなことはない!」とか、言うことならできますよ?

 しかし、「でも本心では、『身体目当て』なんだろ?」と言われて、完璧に否定できる殿方なぞ、この世でただ一人とて、存在し得ないであろう。

 そのように口ごもるばかりの僕に対して、目の前の白衣美少女は、ここぞとばかりにとどめを刺してくる。

「それにこれは何よりも、量子論等の現代物理学によってしっかりと裏付けされた、正当なる理論なのだからね」

「はあ? 僕たち人間に『人格』なんてもの自体が存在しないことを、物理学が証明しているだって?」

「ええ、そうよ? しょせん人格なんてものは、肉体によって生み出された単なる付属物に過ぎないの。──何せ人の『本質アイデンティティ』というものは、人格や精神や意識なんかではなく、肉体にこそあるのだからね」

「は? 人の『本質アイデンティティ』は、肉体にあるって……」

「非常に残念なことだけど、文字情報によって構成されている小説においては、どうしても人間というものをその内なる人格を主体に考えがちで、たとえ肉体がそのままであろうとも、突然前世に目覚めたり誰か他人と人格が入れ替わったりするようなことがあればそのとたん、文字通り別人になったかのように描写し始めるけれど、これは大きな間違いなの。と言うのも、実は物理学においては現代の量子論は言うに及ばず、遥か昔の古典物理学の時代から、人の人格とか精神とか意識とかいったものは、その個人を決定づける絶対的に普遍なものなぞではなく、あくまでも脳みそによってつくり出されている物理的存在に過ぎず、言わば肉体にとっては単なる付属物でしかないのよ。そう。元々人格や精神や意識といったもの自体が、すべて肉体の付属物に過ぎないのだから、本来の人格だろうが記憶喪失中の仮人格だろうが二重人格中の別人格だろうが、本物も偽物もないのであり、とにかく何よりも肉体こそを主体にして考えるべきなのよ。──何せ、いくら記憶喪失や多重人格化の前後において、文字通りに別人そのものと言っていいほどの違いがあろうと、たかが肉体の付属物に過ぎない人格なぞ、そのすべてを本人にとっての本物の人格と見なしたところで、別も構わないのですからね」

 なっ。

「いやいや、人格が肉体の付属物でしかないってのは、一応理屈としてはわからないでもないけれど、そうは言っても確かに花楓のやつは、記憶喪失中はまったく人格が変わってしまって、まさに別人の『かえで』とでも呼ぶ他はなかったぞ?」

「それはあくまでも同一人物において、『性格』が変わっていただけなのよ」

「性……格?」

「『人格』なんて言葉を使うから大げさになるのであり、普通に『性格』が変わっただけと見なせばいいのよ。記憶喪失の前後で性格が変わることなんて、ごく普通のことだしね。わざわざ小説の題材にして騒ぎ立てる必要なんて、どこにも無いのよ」

 た、確かに、小説等に書かれている『別人格化』エピソードのほとんどすべてが、「単に一時的に性格が変わってしまっただけに過ぎない」と言われれば、納得せざるを得ないけど、そんなんじゃ話がそこで終わってしまうじゃないか⁉

「だったらおまえは、原典オリジナルである『青春ブタ野郎はおるすばん妹の夢を見ない』に書かれていたことは、すべて間違いとでも言うつもりなのか? 実は『かえで』なんて独立した人格なぞ存在せず、ただ単に記憶喪失によってほんのちょっぴり性格が変わってしまった『花楓』本人でしかなく、『仮の人格の「かえでちゃん」が消えてしまう感動巨編』は、的外れの笑い話でしかなかったと言うのかよ⁉」

 俺は『親亀がこければ子亀もこける』理論に則り、己自身の存在意義を賭けて、何とか原典オリジナルの正当性を擁護しようと、声を荒げてくってかかっていった。

 そんな俺の心からの訴えが効いたのか、白衣少女の表情が、ほんのわずかながら緩められた。


「そんな、まさか。SF小説やラノベなんかに登場してくる、『別人格』の存在を全否定してしまったら、君や花楓ちゃんとはまったく関わり合いを持たないはずのしま嬢が、いきなり自分のことを『記憶喪失中の仮の人格の「かえで」である』と言い出したことについて、まったく説明がつかなくなってしまうじゃないの」


「──っ」

 そ、そうだ、そうだった!

 去年までは誰よりも学業優秀で品行方正だった、地元でも一二を争う名家の御令嬢である伊代嬢が、なぜか新年度早々から完全に引きこもってしまい、始業式にすら登校しなかったというのに、急に今日になって初登校してきて、いきなり初対面の僕に対して「お兄ちゃん!」などと呼ばわってきたんだっけ。


 まさしく、記憶喪失以来ずっと家の中にひきこもっていた、『かえで』そのままに。


「……どういうことなんだ、一体。理央の言うことが本当なら、量子論等の現代物理学に則れば、SF小説やラノベに登場してくるような『別人格』なんて、けして存在し得ないというのに。まさか、伊代嬢が嘘をついたり芝居をしているわけなのか? だけど、彼女が僕や『花楓』のことならともかく、記憶喪失中だけの仮の人格だった、『かえで』のことを知り得ることなぞ、ほぼ完全に不可能だろうし」

 もはや何が何やら、わけがわからなくなってしまった僕に対して、

 ──目の前の少女は、あまりにもあっさりと、驚愕の『種明かし』を行った。

「まあそりゃあ、原典オリジナル同様に量子論だけに則っていたら、そのように矛盾してしまいかねないのも無理ないけど、ここにユング心理学における『集合的無意識論』を加味すれば、話が大きく変わってくるわけなのよ」

「集合的無意識論、だって?」


「そう。量子論と集合的無意識論との両方に基づけば、記憶喪失中だけの仮人格の『かえでちゃん』とは、実は何と『パラレルワールドにおける花楓ちゃん』の人格のようなものとも言えるの」


 ──‼

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