1章 とある話の分岐点
第1話 孤高の天才 成神 海鈴
事件から1時間後…
俺は5階にある将棋部の部室へ行くために階段を上っていた。さっきの連中らの暴行で俺の体はあちこちが痛んで腫れていた。当然俺の今の状態では保健室に行っても適当にあしらわれるだけだから行っても意味がない。なにせこの学園の最も質の悪い所は教師も生徒と同じようなものであるところだ。
「なんかよくテレビでよくやってるいじめみたいだな…教師にも親にも言えず孤立していく…か…まあ俺に味方なんかいらないのかもしれないけどな。」
階段を上り終え、たった4畳ほどしかない将棋部部室についた。この将棋部は今年に入って他に一人だけいた高校三年生の先輩が卒業してしまったため、今は実質一人だけの状態だ。顧問の先生も誰か分からないうえにそもそも部と名乗っている割には部費も入ってこないので、生徒会からは部としては認識はされてないのだろう。今年の予算報告書にも名前なかったし。
「そういえばここら辺に今月の月刊将棋部が置いてあったはずだが…はぁ如何せん物が多すぎるんだよな…」
何でも昔、この将棋部ではとても強い人が在籍していたらしく数々のトロフィーや賞状、またおそらくその人が残していったであろう数多の棋譜が大量に隅に積まれていた。なぜ将棋か?と聞かれると、将棋は勉強と違って努力が結果に出る分やりがいがあるからだろう。答えが一つじゃないことは俺にむいている。
「なるほど…ここは7六銀か…金ではないのか。」
こうしていつものように俺は一人でプロ棋士が指した棋譜を盤面に並べながら最終下校の時間になるまで将棋の研究をしていた。
しかし、一人の時間という物はいいもんだな。気分を落ち着かせるには最高だな。
「おっと…もう6時かそろそろ帰らないといけないな…」
俺は受験に失敗したこともあって親からは縁を切られ生活費だけ渡され一人暮らしをしている。だからどれだけ遅くに帰っても誰も心配しない。思えば味方なんて呼べる人は光輝くらいだったか…
「いやあいつはきっといろいろ考えてあっちを選んだんだ。今更どうこう言う話ではないな…」
校舎を出るために階段を下りていたら不覚にも忘れようと思っていた今日の出来事を思い出し涙が出そうになった。
「いよいよ一人か…もし神が見てるなら、俺に帝国を変えるだけの力をくれるのなら、変えて見せるのにな…」
校舎を出るころにはすっかり日は暮れ、まるで皮肉かのようにきれいな満月が夜の東京を照らしていた。
成神 海鈴
私は成神 海鈴。武美川学園に通う高校1年生だ。周りからはたった成績がいいことで姫なんて呼ばれている。おかしなものだと思う。成績何てただ一つの目安でしかないし、そんなものですべてを決め付けるこの国は腐っているなとつくづく思ってしまうのだった。
ただそんな私にも一つ印象に残っていることがあった。小学生の時私はテストではほとんど満点で自分で言うのもあれだけど優等生だった。しかし当時5年生で同じクラスメイトだった津雲 煉という男子にだけはどうしても勝てる気がしなかった。成績だけではわからない天才との壁。これが天才と凡才との差なのかと自覚させられた。
だけど津雲君は5年生になるとすぐ転校してしまった。一部の女子によると東京の学校に行ったらしいがそれからというもの音信不通になってしまった。
私は中学受験をするときに東京の共学で女子の中ではかなり頭のいいほうである武美川学園を志望していた。もしかしたら津雲君ともまた会えるかもしれないと思った。ただ同時に津雲君ぐらいになると国内で一番頭のいい学校に行ってしまうかもと思いあまり期待はしていなかった。
そしていざ入学式当日。私はその姿を認めると不覚にもうれしくて舞い上がってしまいそうになってしまった。残念ながら津雲君とはクラスが一つ違ってしまったが、廊下で目が合うとドキドキしてしまった。しかしその時の彼の眼は灰色の雲のように濁っていた。今でも心に彼のあの時の眼が印象に残っている。
今となっては彼はかつての天才ではなくなりそこら辺の生徒の中に溶け込み落ちこぼれてしまった。たびたび聞く彼に対しての侮辱の言葉を耳にすると言ってやりたかった。彼は天才なのだと。また津雲君に会ってきちんと話がしたかった思いもあった。しかし津雲君と目を合わせるたびに彼は私を遠ざけるようにしてどこかへいつも行ってしまうのだった。
「今日の練習終わりー!!」
部長の掛け声とともに私はテニスボールを片付け始めた。ちなみに私は女子テニス部に所属している。練習はいつも最終下校である6時を過ぎた7時くらいまでやっていて、帰りに夜の夜景を見ながら帰るのが好きで日課になっている。
それでいつものように校舎を出て5分ほど歩くと路地裏で津雲君の姿を見つけた。
「津雲君?こんな時間にこんなところで何しているんだろう?」
いつものように帰り路を歩いていると路地裏に一匹の猫が入ろうとしていた。これでも無類の猫好きだから猫を見るとつい追いかけてしまう。
「おいそこの猫こっちに来てもいいんだぞ。」
といっても来るはずがなく慌てて俺は猫を追いかけて路地裏に入っていった。どうしてもあの猫はほっとけない気がした。
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