厄落し ~やくおとし~

「もし、そこなあにさん」

 大晦おおつごもりの四つ辻で呼び止められた。


「落とし物ではございませぬか」

「いや、それは――」

 厄落としの――と言いかけて、思わず男は絶句する。

 花のかんばせ。ぬばたまの髪。しゃなりしゃなりとしなう柳腰。

「拾いはせぬのか?」

 白い息を吐きながら女は問う。

「拾うてくれぬの?」

 心蕩かすような媚びを匂わせて。


「い、いや……、いや……」

 言葉にならぬ呟きを漏らしながら、男はじりじりと後退る。

 四つ辻を足早に行き過ぎながら、わざと落とした包みには、身代わりの豆が迎える歳の数だけ四十二粒。


「どうしても駄目?」

 濡れた眼で、じいと男を縫い止めながら、さも悲しげに女がにじり寄る。

 見知らぬ女の筈なのに、身近に覚えるのは何故なのか? ひしひし迫る罪悪感に苛まれ、両手を合わせて男は詫びた。

「かっ、堪忍してくれっ!」

 気が付けば、手にも顔にも背にも腹にも、じっとりと滲む脂汗。

 大厄を拾う度胸は持てずに、男はわなわなと震える足を叱咤して、命辛々女の前から逃げ出した。


「嗚呼、残念」

 女は男を見送って、心の底から口惜しそうな面持ちで、ふくよかな朱唇をべろりとねぶった。

「美味し獲物に逃げられた。骨の髄まで、しゃぶってやろうと思うとったのに」



 大晦の四つ辻には気をおつけ。

 祓い落とされた厄の鬼が、あんたの幸を啜ってやろうと待ち構えているかもしれないよ。

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