第4話 いつもの二人と別離の予言(4)
野球部の二年生達にバケツごとボールを引き渡した周と内田は、その足で河原に向かった。
夏の近づく六月の河原には、青々とした草が生命を謳歌するように生い繁っており、中には人が埋もれるほどの高さの草むらさえあった。
土手の上には疎らに人影があるものの、河原には二人のほか人はいない。
愛野に選んでもらったボール二つを片手だけで器用にお手玉しながら、ぼんやり川を眺めて立ち尽くしている周に、内田が尋ねた。
「んで、どう探すんだ、そのヒントおじさんとやらは」
「んー、エサはあるし、後は寄って来るのを待つしかないんじゃないかな」
周は手元のボールをひとつ、内田に向けて軽く放った。
内田は宙に浮いたそれを乱暴に掴むようにして受け取った。
「内田はどう思う?」
「どうもこうも、俺は噂でちょっと聞いただけだし」
「おれもそうだからな。んー、どうしよっか」
首を傾げ、眉根を寄せて笑みを浮かべる周に、内田は呆れたような視線を向けた。
「それじゃ、その変質者が出るまで待ちぼうけかよ。なんかあるんじゃねえのか? 呼び出す儀式みたいなのが」
「儀式って……内田はヒントおじさんをなんだと思ってるのさ」
「だから知らねえっつの。なんもわかんねーよ」
「ヒント欲しい?」
「うわっ!?」
「出た!」
気配もなく、二人の後ろに唐突に現れた中年の男。
デカデカと「ヒント」と描かれた黄色のロングTシャツを着ているその見た目は、なるほどヒントおじさんと呼ぶ他あるまい。
そんなことをぼんやりと考えてしまうほど、内田はヒントおじさんの唐突な出現に混乱していた。
そんな内田を尻目に、周は手を打ち鳴らして喜ぶ。
「そうか……! ヒントおじさんはヒントを与える存在だから、困っている人のところに現れるんだ! お手柄だよ、内田!」
「いや、『そうか……!』とか言われてもわかんねえよ。何を納得したんだ今。あと、お前がそんなにテンション高い感じなのも全然わかんねえ」
「ヒント欲しい?」
未だ混乱の中にいる内田と、興奮して跳ねださんばかりの勢いの周に、ヒントおじさんは最初と変わらぬ様子で問いを投げかけてきた。
「ヒント欲しい!」
好奇心に目を輝かせて喜ぶ周は、手に持ったボールをおじさんに差し出した。
ヒントおじさんは素早く手を伸ばし、奪うようにボールを受け取ると、何やら感触を試すように触ったり、目を近づけて食い入るように眺めたりした後、ボールをポケットにしまい込むと、無言で歩き始めた。
そして、ちらと後ろを振り返り、周と内田を見つめる。
「ついて来いってことかな!?」
「いやもう俺は何もわかんねえよ。コメントを求めるな。なんなんだよアイツ」
目を輝かせて既に後を追いはじめた周を、ため息混じりの内田が追いかけた。
ヒントおじさんは躊躇いなく背の高さほどもある草むらの中へと分け入っていく。
それを追って草むらを掻き分けてゆくと、そこにはブルーシートで作られた、テントのような住まいがあった。
シートをめくり上げて入って行くヒントおじさんに続き、周が躊躇いもなくシートをめくり、中に入ってゆく。
内田は僅かにポケットの中のスマートフォンを意識して、それから周に続いた。
テントの中は、意外なほどに広かった。
どうやら地面がなだらかに掘り進められているようで、ランプの吊るされた天井も妙に高く感じられる。
奥にはもう一部屋あるのだろうか、ご丁寧に壁にはドアが付いている。
「(いや……だとしても、ここまで広くなるものか?)」
外観と中の空間の広さが、明らかに釣り合っていない。
それに気づいているのかいないのか、周もキョロキョロと部屋の中を見回している。
「ヒント欲しい?」
「欲しい!」
周が手を上げてアピールすると、ヒントおじさんは小さく頷き、奥のドアを開いて手招きをした。
黒いインクで「一人ずつ」と描かれた、黄ばんだ紙を見て周は、
「一人ずつだってさ、内田」
「おい、周。あの不審者と二人きりはヤバいだろ」
「大丈夫大丈夫! 内田は心配性だなあ。そんじゃ、おさきに」
そう言うと、まるで警戒心もなく、ヒントおじさんに連れられてドアの向こうに消えていった。
部屋の向こうからは、うわー、とかへえー! とか、何やら興奮した様子の周の声だけが響いてきた。
内田は右のポケットに手を突っ込み、スマートフォンを取り出した。
電波状況は圏外。
「……まあ、おっさん一人くらい、どうにでもなるか」
鋭い視線を、「一人ずつ」の張り紙に向けて、内田はポケットにスマートフォンをしまい込んだ。
二分もしないうちに、周は部屋から出てきた。
「へへ、貰ったよー、ヒント!」
そう言う周は、右手に一枚の紙を持っていた。
そして、白い紙に描かれた、妙に達筆な字を、見せびらかすようにして内田に向けて掲げる。
『助けるつもりなら、全てを救え』
「なんだよこれ」
「ヒントだよ。おれ、人助け好きだから、みんなを救ってやれってことなんじゃない?」
「ヒントっていうのか、これ……」
公園で、自称詩人が売っているような、どこにでもあるようなポエムにしか見えないそれを、大事そうに何度も見返す周を見て、内田は何度目かのため息をついた。
「ヒント欲しい?」
奥の部屋から出てきたヒントおじさんは、今度は内田を―――内田の持つ、野球のボールを食い入るように眺めていた。
「いらねーよ、こんなポエム」
「ヒント……」
「あ? これもやるよ」
内田が左手で握ったままでいたボールをヒントおじさんに放ると、ヒントおじさんはそれを素早くキャッチし、胸元にしまい込んだ。
そして、部屋の中へ入るよう手招きをする。
「ヒント、ヒント」
「いや、いらねーっての。周。帰ろうぜ」
「せっかくだし、内田も貰ってきなよ、ヒント」
「はあ? やだよ。こんなんいらねえよ俺」
「ヒント……」
「ほら、ヒントおじさんが待ってるよ。内田もヒントもらったら、見せてよね」
甲高い声でヒントヒントと声を上げるヒントおじさんと、妙に浮かれた調子の周に急かされて、内田はうんざりした表情を隠さずに、のろのろと奥の部屋に向かった。
部屋のドアを後ろ手で閉めると、ヒントおじさんはぴたりと声を止めて、突如緩みきっていた表情を険しいものへと変えた。
「……いつ勘付かれた? 何故、天座周がここに来る―――あり得ない、こんなことが起こるはずがない―――だが、そう。或いはこれは、チャンスであるのかもしれない。この段階で内田伊織。君に会うことができたのだから」
それまでの、白痴のような口調とは打って変わった口調。
ヒントおじさんは、まるで何かに追い詰められたような早口で宙に向かって呟いていたかと思うと、またも突然に内田の肩を掴んだ。
「ともあれ、よく来てくれた。内田伊織。最後の希望よ」
「触んな」
内田は肩を掴む手を乱暴に払いのけた。
「頭のイカれたおっさんの演技の次は、電波系か? 冗談もほどほどにしろよ、おっさん」
「礼を失したことは謝罪しよう。しかし、必要なことだったのだ。私は、私という人格を封じることで、追跡の手を逃れている。幸い、この部屋は外部から完全に遮断されている。あの曲輪木の小娘だとて、ここに干渉することはできないだろう」
「……テメー、俺とアイツの名前をどこで聞いた」
内田はそれだけを聞いて、拳を体の前で構えた。
ヒントおじさんは薄い笑みを浮かべたまま、それを眺めている。
「聞いていない。しかし知っている。天仙道が首魁―――起こりうる全ての未来を見通す、未来視の魔法。私こそが、十九代目
魔法使いの終わらない夏 不滅のあなたが願うもの 遠野 小路 @piyorat
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