第2話 いつもの二人と別離の予言(2)
よしなしごとを語らい合う者や部活動の準備をする者など、放課後の校内にも疎らに人の気配がするものだが、どうしてだかこの西校舎三階には、不自然と言っていいほどに人気がなかった。
廊下の電灯も消されており、薄暗い校舎の中には二人の足音と、吹奏楽部がぶおぶおと管楽器を吹く音だけが響いている。
「へえ。こんなに静かなとこもあるんだな」
「ね。この学校、意外と探検しがいがあるよ」
ボールの詰まったバケツを抱えながら、周は内田の漏らした言葉に相槌を打った。
内田は小さく鼻を鳴らした。
「探検って……ガキかおまえは」
「とりあえず探検したくなるんだよね……使命感っていうか。おれ、入学した次の日には学校中全部探検したよ。内田は?」
「俺は無駄なことはしない主義」
振り返って尋ねる周に、その半歩後ろを歩く内田はそう答えて小さく舌を出した。
「あ、ここだ。家庭科準備室」
「……家庭科?」
「昔はあったらしいよ、そういう科目が。なんか料理とかしたりする」
「ふーん」
両手の塞がった周の代わりに教室の戸を開けようとした内田は、横開きの扉に触れた瞬間、身の毛のよだつような気配を感じ、飛び退った。
周が内田の顔を覗き込む。
「静電気?」
「いや……なんか、ヤバくないか、ここ」
「何が?」
「わからんけど……入らない方がいい気がする」
緊張した面持ちの内田をよそに、周は吟味するようにんー、と唸ると、普段通り曖昧な表情で、
「まあ、大丈夫でしょ。
と奇妙な事を口にする。
バケツを抱えたまま右足でこつこつと扉を叩き、その足で器用に横開きの扉を開けた。
家庭科準備室の中は、遮光カーテンによって日が遮られていて、薄暗い廊下よりも更に暗かった。
その中に、人の気配がする。
部屋に漂う僅かに甘い香りは、女のものだろうか。
ズカズカと警戒もなく入っていく周に次いで、部屋の内に内田が入ると、扉はひとりでに閉まった。
「なん、」
「『
勝手に閉じた扉に気を取られた二人に、甘やかな声が投げかけられる。
暗闇に慣れてきた目に映ったのは、机の上に足を組んで腰掛ける女だった。
人形のように長く波打つ黒い髪と、白い肌。綺麗に整った顔にはチェシャ猫のような、腹の内で企む者の笑みが張り付いている。古部中指定の制服に身を包んではいるものの、白いブラウスを押し上げるように胸が存在を主張し、スカートからは白い脚が煽情的に伸びている。
纏う気配も、身体の熟れ具合も、どう見ても女子中学生のそれではない。
「ようこそ、紛い物の魔法使い。歓迎しよ……うん?」
女は、芝居掛かった調子でそう言おうとして、周の抱えているポリバケツに、その中に入っている大量の野球ボールに目を止めた。
「……なんで、ボールを、こんなに」
「どうも」
「なんだこの痛い女」
周はバケツを抱えたまま頭を下げ、内田は魔法使い、という聞き慣れない単語に顔をしかめた。
女は思案げに指を口元に当て、それから、わずかに浮かべていた笑みを深め、口を開いた。
「……どうやら人違いだったようだね。あはは」
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