魔法使いの終わらない夏 不滅のあなたが願うもの

遠野 小路

第1話 いつもの二人と別離の予言(1)

 雲間から差す六月の日差しの下、青いポリバケツが踊っている。

 踊るバケツがボコボコと音を立てているのは、バケツに向かって次々と白球が投げ込まれているからだった。

 その衝撃で、バケツはふらふらと揺れている。

 矢継ぎ早といった調子で、相当数の白球が投げ込まれ続けているのにもかかわらず、一つもこぼれる様子がない。

 まるでバケツそれ自体が、球を吸い寄せているかのような、不可思議な光景だった。

 そんな曲芸のような玉入れを行なっている主を見つけるや、内田うちだあんは顔をしかめて、小さく息を吐いた。


「また雑用やらされてんのか、しゅう

「やあ、内田」


 しゃがみこみ、芝生の上に転がる球を肩越しに放っていた少年、天座周あまくらしゅうは、手を止めずにその姿勢のまま振り返り、内田のことを認めて、柔らかく微笑んだ。

 思わず毒気を抜かれるような、「友達に会えて嬉しい」という、ただ純粋な笑みを向けられても、内田はしかめた表情を緩めなかった。

 とにかく、この気の優しい天座周という少年は、頼られると断れない性質の男であり、彼がいいようにこき使われているのを、内田は良く思っていなかった。

 周はふにゃりとした笑みを浮かべたまま、いつものように答えた。


「やらされてんじゃないよ。ちょっとやりたいことがあって、野球部に頼んだんだ。球拾い」

「目立つからやめろよ、それ。相変わらずどんなコントロールしてんだ」

「? 入るように投げてんだから、入るだろ?」


 当たり前のことをなぜ聞くのか、というようなキョトンとした顔を向けられて、内田はその異常さについて改めて説明することを早々に諦めた。

 その間も、周は地面に転がる白球をぽいぽいとバケツに向かって放り込み続けている。入るように投げるから入る、という先の言葉に違わず、ボールは一つの例外もなく、バケツに吸い込まれるように入ってゆく。


「んで、何だよ。やりたいことって」

「内田さあ、ヒントおじさんって知ってる?」

「ああ。変質者だろ、それ。最近噂になってる」


 それは最近、古部第一中学校に流れるようになった噂。

 河原を歩いていると、おじさんが現れて、今一番困っている事柄についてヒントを与えてくれるのだという。

 第一声で、ヒント欲しい? と声をかけてくることから、ヒントおじさんと呼ばれているのだとか。

 周は目を輝かせて頷いた。


「そうそれ。俺、ヒントおじさんにヒントもらってみたいんだよね」

「それと球拾いと何の関係があるんだよ」

「ヒントおじさんを釣るにはエサが必要らしいんだ」


 疑うことを知らないかのような純真な瞳を正面から向けられて、内田は眉根を揉んだ。


「お前さ、聞いた話をそのまま信じるのやめろよ。また体良くこき使われてるだけじゃねえか」

「違う違う。ホームランボールとか、そういう青春の証みたいなのが必要らしいんだよね。ヒントおじさんはそういうのが好きなんだって」

「どれだよ、ホームランボール」

「これだけボールがあれば、どれかは、ホームランされたことくらいあるんじゃない?」


 そう言って、周は一際高くボールを投げあげた。

 それがどうやら最後の一つであったらしく、投げ上げられた球はそのまま重力に引き寄せられ、バケツに真上から突き刺さった。


「んでね、そういうのを確かめてくれる先輩がいるんだって」

「一応聞くけど、それ、誰に聞いたんだ?」

「石持。なんか転校生がそういう話好きだとかで、ネタを仕入れてきたとか言ってた」

「石持が?」


 内田は頭の中で、女好きの熱血スポ根バカ同級生の姿をちらと思い浮かべた。


「あー、七不思議とか、オカルトとか、こういう話は女受けもいいしな……しかし、なんつったか、あの転校生。男だろ?」

「うん。苗字、難しくて読めなかったんだよね。ナントカシンイチくんだよ」

「ふーん、あの石持が、男のためにねえ……」


 内田は僅かに俯いて顎に指を添え、小さくそう呟くと、周に向き直った。


「とにかく、周。なんでも信じるな。石持の話なんかは特に」

「ええー」


 口を尖らせて抗議の声を上げる周を脇目に、内田はポリバケツを抱え上げた。

 ボールのぎっしり詰まったバケツは、それなりに重かった。


「んで、そのわけわからん先輩ってのはどこにいるんだ」

「重くない? それ」

「重いから早く」

「西校舎だって。階段で代わるよ、内田」


 そうして二人は、横並びになってのろのろと歩き始めた。

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