第31話 決戦に向けて

「――っしゃ。戻ってきたぞー!」

「ふふ、元気ね。頼もしいわ」

 両手を上げて喜ぶギュンターを見て、ルイーダがおかしそうに笑う。

 アーネムを出てから五日。陽がちょうど真上にくるかという頃、ギュンター達一行はついにクラーヴへ辿り着いた。

 故郷に戻ったギュンターを待ち受けていたのは、周囲の遠巻きな視線だった。見知った顔ばかりなのに、声をかけても、皆明らかによそよそしい。目が合った途端に避ける人が大半だ。

 これが異端審問なのだな、と改めて思う。小さな町だ、噂は瞬く間に広がり、一人の人生など簡単に変えてしまう。その恐さを知っているから、無難な流れに身を任せることで、皆自分を守ろうとする。当然のことだ。覚悟はしていたはずだった。

 けれど実際の状況に立ってみると、黒い感情が頭をもたげそうになる。今まで家族のように扱ってくれた大人達や、兄弟のように慕ってくれた子ども達は、一体どこに行ってしまったのか。信じていたのは偽りで、一度手を離せば簡単に壊れてしまう、ガラス玉のようなものだったのかもしれない。裏切られたと感じること自体が、愚かな考えなのだ。

 ――「そうだね。甘えだよ、それは」

 フリッツならそう言って、涼やかに笑うのだろう。

 ブラント達はギュンターの心情を慮ってか、言葉少なについてくる。余計な気遣いは不要だということを、彼らは誰よりもわかっているのだろう。

 その後、四人は『ヘヴン亭』へと向かった。コニーはギュンターの帰りを喜び、ブラント達を温かく迎え入れてくれた。両親も複雑そうな面持ちながら、口を挟むことはなかった。

 四人が通されたのは、二階奥の角部屋だった。普段滅多に使われることのない部屋だ。

「えっと、食事は部屋まで運ぶからご心配なく。入浴は後で案内するよ。あ、女性用にはここの隣の部屋使ってね」

「わかりました、ありがとう」

 ルイーダが礼を述べると、コニーは照れくさそうに笑った。

「悪いなクルー、気遣わせて」

 きっと両親の反対もあったことだろう。それを思うと、申し訳なさで胸が苦しくなる。自分の家がありながら他所に迷惑をかけているのだから、尚更だ。するとコニーは笑みを引っ込めて、言った。

「そんな顔しないでくれよ。俺達は皆ギドを信じてるから、やりたくてやってんの。アンがいい子だってのも知ってるしさ。だからもう謝るの禁止!じゃないと、またブルに殴られるぞ」

 最後におどけるところが、いかにも彼らしい。おかげで、幾分気持ちも切り替わる。今は遠慮なく頼らせてもらおう、と思った。恩に報いるのは、全てが終わってからだ。

 コニーもすぐに普段どおりへ戻り、「さて、どうせ皆集まってくるから酒宴の準備しておくか」と言いおいて、厨房へと降りて行った。

 ドアが閉まると、ブラントがしみじみと言った。

「良い友達を持ったね」

 ギュンターはにっと笑って頷いた。

 その後、二人はそれぞれ荷を解き、旅装から普段着へと着替え、一息ついた。ギュンターは大きく伸びをして、窓辺に立つ。沈んでゆく夕日が、最後の一踏ん張りで、町を紅く染めている。一際目立つ教会の側で、厳かに佇む異端審問所。ここからは教会しか見えなかったが、はっきりと心に描くことができた。

 世界で一番尊敬していた父が、半生を懸けてきた職場。魔女と断定された多くの人達が、血を流してきた場所。

 子どもの頃は、審問所の前を通るたびに足を止め、胸躍らせて、建物を見上げていたものだ。いつか自分も、ここで父と共に働くのだと思っていた。

 もしセレーナに会っていなかったら、今頃は夢を叶えていただろうか。何の疑問も持たず、意気揚々と、被告人を処刑台に上げていたのかもしれない。それとも、彼女に会うのが審問所だったなら、裁く側と裁かれる側に最初から分かれていたなら、ここまで悩んではいなかった。

 そこまでで、ギュンターは今の考えを頭から振り払った。余計なことを考えている暇はない。運命はもう今日まで進んでいるのだ。過去に戻ることはできないし、戻りたいとも思わない。

「これからが勝負だ」

 今晩には、バルテル達と共に、弁護士エルヴィンも顔を揃えることになっている。今までの経過とこちら側の報告を基に、本格的な活動計画を立てるのだ。父との戦いが、これから始まる。

 ――ヨハンが戻るまで、希望を繋ぐ。絶対に。

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