5
五月も終わり、そろそろ梅雨の時期に入る。梅雨は毎日雨が降り続けるので部屋に寝たきりのみむらは心が沈む時期でもある。
みむらは部屋の中で吉宗から貰ったお手玉で遊んでいた。
『そろそろ、外にも出て本格的に体も丈夫にしていかないと。』
みむらは体が弱いのはろくに外にも出ずに布団の中で寝たきりなのも原因の一つだと考え義母の目を盗んでは外に出ようと目論んでいる。だか、家の中には義母を始め義父や兄、重兵衛に門下生までいる。みむらは中々外には出られず部屋の中で寝たきり状態なのである。
『母に外に出てもいいか頼んでみようかしら。それとも父の方が』
一人で悩んでいると急に襖を開けられ驚く、視線の先には義母お菊が立っておりみむらを見下ろしため息をつく。
『全く、最近修蔵の友達とやらがやたらお前に会いに来ているようだけどやましいことはしていないだろうね?』
『そ、そんな事は、私はただ友達である吉宗さんと遊ばせていただいて』
『男女の友情が存在するとでも思っているのかい?』
お菊はみむらが言い終わる前に言葉をかぶせて怒気を含んだ物言いをする。みむらは二の句が継げなくなり黙り込んでしまう。
『どうでもいいが、体の弱いお前に子供なんかできてもすぐに捨てられるだけだよ、あまり深く関わらないようにしておくんだよ。』
『私はそんなっ!吉宗さんはそのような方ではありません!』
お菊の容赦ない物言いに腹が立ちつい言い返してしまう。お菊は口の端を器用に片方だけあげ嫌味たらしく笑う。
『ほら、見なよ。今まで私に何と言われようが黙り込んでしまっていたお前があの男の事になると言い返してくるようになった、それだけあの男に入れ込んでいる証拠だよ。』
お菊に言われみむらも己の失態に気づく、今まで母に反抗してこなかったのは自分がなんと言われようと我慢すればいいだけの事だと思っていた。だが、吉宗の事を悪く言われるとどうにも我慢ならない。知らずにお菊に反抗してしまっていた。
『年頃の男女の事だ、何があってもおかしくないが一時の感情で後先考えずになんでもやってしまうのはよろしくないよ。きちんと考えて後悔のないようにするんだ、いいね』
そういうとお菊は襖を閉めて立ち去っていった。お菊はいつも嫌味を言ったりするがみむらを諭したり心配するような物言いをした事はない。厄介ごとはごめんという事なのだろうか、みむらを心配しての事なのかはお菊にしか分からない。だが、みむらは初めてお菊から母親らしい言葉をかけてくれた事に嬉しさ感じていた。
お菊が立ち去った後に外出の許可の有無を聞きそびれたことを後悔する。
『今度お母様に聞いてみよう。』
六月にはいると曇り空が続くようになった。
みむらは部屋の中から黒い空を眺めため息をつく。最近吉宗が来なくなってしまった。修蔵に理由を聞こうとも、あいつの事だから他に女でも作ったんだと決めつけ他に何も言おうとしない。
みむらはまた一人で薄暗い部屋で過ごす毎日に戻ってしまった。
『やっぱり母が言うように男女の友情などありはしないのかしら。』
布団に入り悲しい気持ちを紛らすために目をつむる。
暫く時が流れ夕餉の時間になる。重兵衛が膳を運んできてくれたので吉宗が初めて家に来た時の事を尋ねてみた。あの時は重兵衛は何も言わずに外に出かけてしまったのだ。重兵衛がそんな事をするなど珍しいので理由が知りたかった。
『あぁ、あの時の事ですね?私も何がおこったのか記憶が飛んでおりまして。昼餉の用意をしていたはずなんですかいつの間にか土間に突っ伏しておりまして、記憶が戻った時にはもう暮六ツで。いやはやどういう事やら。』
『えっ?重兵衛はずっと家の中にいらしたの?』
『はい、お嬢様に何も言わずに外に出かけるなど言語道断。でもまぁ記憶をなくし土間に倒れているのも問題ではありますが、誠に申し訳ございません。』
吉宗は重兵衛が外に出かけるのを見たと話していたはず。だが重兵衛は気づいたら土間に倒れていたと言っている。どちらかが嘘を言っていることになるがきっと吉宗だろう。重兵衛がみむらに嘘をつくとも思えない。訝しく思っていると重兵衛はご飯が冷めてしまいますよといい部屋を出ていく。
『いただきます。』
色々な考えが頭をめぐり食べたおかずが何なのかも思い出せないほど悩んでしまった。もし吉宗が嘘をついていたとしたら重兵衛は何故土間に倒れていたのだろう。何のために重兵衛をないがしろにするような事をしたのか。考えても聞きたい相手は最近顔を見せに来てくれない。
夕餉を食べ終わり再び布団の中に入り天井を眺める。外では先ほどまで雨が降っていたが今は止んでいる。眠気が襲ってきた瞬間外で足音が聞こえる。
重兵衛かそれとも修蔵か、誰かわからないがみむらの部屋に向かって足音は近づいてくる。少し怖くなり布団から上体を起こし身構える、みむらの部屋の前まで来たら足音は止まりその代わりずっと待ち望んでいた声が聞こえてきた。
『おい、みむら。起きてるか?』
『え、吉宗、さんですか?』
みむらは急ぎ自室の小さな格子窓の障子を開けると吉宗が目の前に立っていた。
暫く会えなかった相手とはもう何年も会っていないような感じがし嬉しくてたまらなかった。格子があるが嬉しくなったみむらはもっと近づきたく自分から吉宗の方に顔を近づける。
『嬉しい、、もう会いに来て下さらないのかと思いました。』
『そ、そんなわけねぇだろっ最近商いが忙しくてこっちに来る時間が作れなかっただけだ!心配すんな』
吉宗はそういうと照れくさそうに俯いてしまう。
みむらが吉宗にここに来た理由を聞くと思い出したかのようにまくしたてる。
『そうだ、みむら。お前に見せたいものがあって来たんだよ!ちょっと待ってろ』
そういうと急いで裏口に回りみむらの部屋まで足音を消したどり着く。
両手が塞がって襖をあけれないと言われみむらが襖を開ける。
『逃げちまうかもしれねぇから襖きちんと閉めてくれ』
言われた通りにきちんと襖を閉めると座っている自分の隣に来てくれと促される。吉宗の隣に腰を下ろし塞がっている両手を見ていると何やら両手が微かに光をおびているのがわかる。
『吉宗さん。手の中に何かあるんでしょうか?』
『おう、おめぇに見せたくてここ最近ずっと捕まえるのに必死でよ、だからここにも来れなかったってのもあるぜ。』
吉宗は笑いながら両手を開いて見せる。
『これって、蛍?』
吉宗が両手を開いた瞬間小さくて淡い光が空を舞う。
強くなったり弱くなったりする光はとても綺麗でみむらは目を細める。
『そう、蛍だ。みむら見たことあったか?』
『えぇ。でもだいぶ小さい時に何回かしかなくて。その後は全く。でも本当に綺麗、吉宗さんありがとうございます。』
暗闇でも真っすぐに目を見つめ礼を言う。たとえ暗い中でも吉宗とみむらは肩が触れ合うくらい近くにいる。蛍の淡い光も手伝ってお互い目が合っているのを確認できる。
『あっあぁ。いや、あっ当たり前だろうよ、べっ別に俺はお前が、蛍を見たことあるかが気になって見せにきたまでだ!』
『それでも私はすごく嬉しいです。最近会いに来て下さらなくてとても寂しかったけど今はとても幸せです』
『みむら、、。』
吉宗はみむらの腰に手を廻し抱き寄せようとした時襖が音を立て開く。
二人が振り向いた先には仁王立で片手に木刀を持った般若のような顔の修蔵が月明りを背負い立っていた。
『吉宗、、。貴様、いつここに入ってきた。』
『ちょっしゅう!待てって今はみむらに蛍を』
『やかましいっ!妹の腰に手を廻して何が蛍を!だ。今日こそ腕の一本でも折って今までの罪を償わせる時!』
吉宗は修蔵の横をすり抜け逃げる。修蔵は逃がすまいと木刀を片手に走り去ってしまう。みむらは蛍が逃げてしまった部屋に一人残されたが足に力が入らずその場にへたり込んだままでいた。
腰に手を廻され耳元で名前を呼ばれてしまい初めて腰が砕けてしまう。
『お兄様の、、馬鹿っ』
今までにない感情とどうしようもない幸福感に身悶えてしまい兄を知らぬ間に罵ってしまう。みむらはその夜全く寝付けないで目の下にクマを作り修蔵を更に心配させてしまうのであった。
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