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兄・修蔵から友達という枠を与えられてからというもの吉宗は頻繁に道場に通うようになった。修蔵は吉宗が来るたびに眉間を狭くし顔を引きつらせるが吉宗はそんな修蔵を横目に妹であるみむらに色々な話を聞かせたり贈り物をあげたりする。
『吉宗さま、この間教えていただいたあやとりは一人ではつまらないのでお付き合いいただけますか?』
『おぉ、いいぜ?じゃあまずはこっちの手を』
吉宗がみむらの手に自分の両手を重ねようとした瞬間に鬼の形相の兄が吉宗の手を力一杯はたく。痛がる吉宗をよそに修蔵はみむらに何度も同じ事を言い聞かせる。
『何度も聞いてると思うがもう一度言うぞみむら、こいつは自分の並外れた綺麗な容姿を餌に何人もの女性をたぶらかせているんだ、むやみやたらに近寄ったりしたらダメだぞ、いいね?』
『ふふふ、ご安心下さいませお兄様、私と吉宗さまはお友達なんですもの。そのような事万一の場合もありません。』
言い切れば兄は困惑顔をし吉宗は口を尖らせる。吉宗は綺麗な女性ばかりを手にかけるというし私は問題ないと思っている、それに友達同士でそんな事になるとも思っていない。
『なぁ、友達同士ならばその吉宗さまってのもどうにかならないもんかね?疎外感が半端ねぇしな』
『えっ、でもなんとお呼びしたら。』
『そうだな、おもいきって吉宗とかヨシとかよ?俺はみむらって呼ばせて思うからよ。それともみむちゃんとかか?なんかぱっとしねぇな』
思えば吉宗からまともに名前で呼んでもらった事がなかった、改めて名前で呼ばれたりすると嬉しくて背中がむずむずしてくる。しかし、友達とはいえ呼び捨ては抵抗がある、百歩譲って吉宗さんとかであろう。
『では、吉宗さんではダメでしょうか?』
『はっ?さまからさんだなんて変わりねぇじゃねぇか。』
『はは、所詮お前はさん止まりの並みのお友達以下という所だな。』
『お前はいつまでここにいるんだよ!道場に戻りやがれ!』
『やかましい!それならお前は小間物屋に戻り商いでもやっていろ!出来れば二度と妹の前にも現れるな』
修蔵がそう言い切った時、奥より父・善蔵に呼ばれ渋々部屋を出ていこうとするが、出るまでの間ずっと吉宗に小言を言っていた。再度父に呼ばれた時には弾かれたように部屋を出て行ったしまった。
この時を待っていましたと言わんばかりに吉宗はみむらに近づく。
『さっきはよ、あやとりの続きを邪魔されちまっただろ?俺が手取り足取り教えてやるからもう一度二人で最初からやり直そうぜ?』
『はいっ、ありがとうございます。』
最初からあやとりを教えてもらえると思い嬉しく急いでふたたび指に結ばれた糸を絡み付ける。両手を吉宗に向けた時にはつまらなそうな顔の吉宗と目があう。なんで不機嫌になったのか分からずにいると吉宗は丁寧にみむらにあやとりの手順を教えてあげた。
日が暮れ兄が再び部屋に戻ってくると吉宗も腰をあげ帰り支度を始める。友達が出来てからは一日がとても早くすぎていくように感じる。みむらは吉宗の見送りをする為裏口までついて行く。
『吉宗さん、夜の道は危のうございます。お気をつけて』
『みむら、心配はいらん。こいつはむしろ夜の道の方が慣れているだろうからな?』
『お前は本当俺の事信用してねぇんだな?』
修蔵は女性関係だけはな、と一言放つと吉宗と共に外に出る。みむらは二人を見送ると部屋に戻り置いてあるあやとりに手を伸ばす。
糸を紡いだひとつの輪であんなに沢山の形や遊び方があるなんて不思議であった。
それに、あやとりをしている最中は吉宗との距離が近くなるので体が熱くなり仕方がない。思い出すだけでも耳が熱くなるのが分かるので困る。
『私、熱でもあるのかしら。』
みむらはその日の夜中々眠れずに布団から起き部屋を出た。縁側に腰をおろし満点の星空を見上げる。五月ではあるがまだまだ肌寒い日が続くがみむらの体は温まっていた。
『最近なんだから寝付きが悪いから困るわ。』
眠ろうと布団に入ると吉宗との記憶が蘇り心臓が早く動いてしまう、胸の奥が重く締め付けられるような感覚がもどかしくて布団の中でも落ち着かない。
『初めての友達で浮かれてしまっているんだわ。』
会えば嬉しく別れ際は寂しい。
そんな想いは今までになく、他人と関わる事が少ないみむらは今までにない感情に戸惑いを覚える。
『こんな所で何をしてるんだ?』
ふいに声をかけられ驚く。声のする方へ振り向くと修蔵が廊下に立っていた。みむらに近づき隣に座る、修蔵は少し一息つきみむらに吉宗の事について話し出す。
『ヨシと友達になってどうだ?あいつは女好きでどうしようもないやつだが人としては悪くないやつなんだ。』
『えぇ、本当です。こんな私にも優しくしてくださるんですもの。』
『う、うん、それはまた別の話になるんだが、まぁ人としては悪くないやつだ!』
兄は鼻息荒く同じことを二回続けて言い放つ。その様子がおかしくてつい笑ってしまいたちまち兄の機嫌が傾いてしまう。
修蔵としては大事な妹が吉宗に惚れてしまわないか心配で仕方ない、家族以外の異性と関わることの少ないみむらに吉宗はどう写るのか。女性の扱いが上手く顔も良い、みむらが熱をあげてしまわないかばかり考えてしまうのである。
当のみむらはそこまで考えておらず初めての友人に心弾ませる毎日である。
『お兄様はそんなに吉宗さんの事信用していないのですか?』
『信用していないわけではない。ただ、本当にお前が好きになってしまった場合の事を考えると不安なだけだ。』
修蔵はそれだけ伝えると黙り込んでしまった。みむらは体が弱い。それだけで嫁にいけるのかも定かではない。ましてや大きな店ではないが吉宗は商人の息子である。いつかは嫁を貰い店をつがなければならない。その時にみむらをお嫁として迎えるのはまずない話だ。そうなると兄である修蔵も一層重く考えてしまう。
『お嫁にいけないならば恋もしない方が私の為だと思われますか?』
修蔵は問われた意味を理解しようとする前に顔をあげる。みむらと瞬間目があうが今までに見たことのない切ない笑顔で修蔵を見つめている。違うと言おうとした修蔵よりも早くみむらが口を開く。
『ご安心して下さい、お兄様。私はお嫁にはいけませんが吉宗さんを好きになったりもいたしません。ですので友達と遊ぶ楽しさをもう少しだけ楽しんではいけないでしょうか?』
修蔵はみむらから話を聞き終えると唇を噛みしめる。お嫁にいけないならばせめて友達と遊ぶ楽しさだけは奪わないでほしい。
みむらはまだ少しだけ肌寒い空を見上げ祈るように静かに目を閉じた。
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