3
『うーん、薄暗い部屋だな』
部屋を見渡し吉宗はそう呟いた。みむらの部屋は家の中でも奥に位置しておりあまり日が当たらないところにある。それでも小さな格子窓から陽の光がかすかに入る。
『ふふ、申し訳ありません。このような陽の当たらない部屋で。』
『いや、そうだとしてもずっとここにいるのか?』
はい、と返事をすると吉宗は頭を掻きながら舌打ちをする。
『たとえ病弱でもこんな所に毎日いるだなんてよ、もっと日の当たる場所じゃねぇと体もどんどん弱っていっちまうだろ。』
何も言えず苦笑してしまう。仕方ない、母からしたら私はいない方がいいのだから。だからこんな奥の陽の当たらない場所で一人毎日布団と重なり合っている。
『んー、辛気臭くなっちまったな、よし!じゃあ俺がお前に良いことを教えてやろう。』
『良いこと?楽しいことでしょうか?』
みむらは言葉の意味がわからずに首をかしげる。吉宗は思っていた反応と違っていたためみむらに合わせて首をかしげる。
『はぁ、お前な。こんな色男と奥の薄暗い部屋で良いことと言われて身構えないだなんて危なすぎるぞ。』
言われた意味がよくわからずに更に唸りながら首を傾け続ける。
『さ、察しの悪い女だな。俺がお前を襲っちまうかもしれないって事だろ?分かれよそのくらい。』
『フフ、吉宗さまに関してはその心配はいらないかと、兄のお友達ですもの兄を裏切るような事はなさらないと思っております。』
『おいおい、裏切ったばかりの奴に言う台詞かよ』
吉宗はため息をつき座る。みむらはお茶を入れようと廊下に出ようとした時、手を掴まれ阻まれる。
『どこいくんだよ?』
『え、その、お茶を』
『茶ならいらねぇよ。早くしねぇとしゅうも帰って来るしよ、ここに座りなよ』
腕を強く引かれ体がよろめく。吉宗はみむらを軽く受け止め優しくその場に座らせる。
『思っていたよりだいぶ軽いな、飯食ってんのか?』
『た、食べています!それより少し離れてください、』
吉宗は渋々みむらから離れる。きっと顔は赤いだろう。心臓もいつもより早く、呼吸するのもままならない。吉宗に顔を見られたくないので体を反対側に傾ける。
『耳まで真っ赤になるんだな。』
不覚だった。咄嗟に手で耳を覆うがもう手遅れだ。吉宗は楽しげな声で後ろから身を乗り出しみむらの顔を覗こうとする。
『隠されると見たくなるのが人の常ってとこかな?』
『意地悪しないでください!』
カラカラと笑う吉宗を睨みたいがここで振り向くと更にバカにされる。黙って俯いていると後ろで吉宗が持ってきた風呂敷を広げ始めた。
『なぁ、お前一人でいつもいるんだろ?何してるんだ?』
問われた意味がいまいち飲み込めず黙ってしまう。吉宗もそれに気づきもう一度丁寧に言い直す。
『いや、だからよ。ここで一日中何してるのか気になってよ、ほら寝たきりってのも中々につらいじゃねぇか』
『ほぼ寝たきりです。あまり外をうろついてもお母様から怒られるので。』
『そっか、わかったぜ。ならば俺が今日は一日中お前の遊び相手になってやる。』
吉宗が明るい声でみむらに話しかけ肩に手を当てる。肩に触れた手が優しく暖かい感じがした。
『これはなんという物でしょうか?』
『これはよ、双六っていうんだよ、サイコロを振って出た目の数だけ進むっていう遊びさ。まぁやってみようぜ。』
吉宗が器用にサイコロを振ってみせる。出た目は3で駒を3マス目に置く。書いてある指示に従って、より早く最後のマスに辿り着いた者が勝ちだと説明してくれた。
『よく正月にやるんだけどよ、やった事ねぇのか?』
『はい、私はすぐに具合が悪くなるので部屋に篭っています。新年早々体調を崩されても迷惑ですものね。』
一人で納得し自分に言い聞かせる。今までもそうして寂しさを紛らわせていたのかもしれない。兄の修蔵も気にはかけてくれるが新年の挨拶周りなどで私ばかりに構っていられない。つくづく私はこの家にはいなくても良い存在なのだと改めて実感する。
『じゃあ、その寂しさも来年は味合わなくて済むよな』
『、、、え。どうして、でしょう?』
吉宗の言葉がよくわからない。どうして来年のお正月は私は寂しくないと断言できるのであろうか。困惑顔で吉宗を見つめるとニカっと笑いみむらに優しく語りかける。
『来年は俺がお前に会いに来て一緒に遊ぶからだよ。その時にはしゅうも俺をお前から遠ざけようとしねぇだろうからな。』
『で、ですが、吉宗さまには小間物屋での商いが、、』
『正月は休みだからよ、ちょっとばかし家にいなくてもばれねぇよ。まぁ2日は初売りとかあるから無理だけどな』
お前が一人でいるのは可哀想だからよ。
そう優しく言われ吉宗は綺麗な切れ長の目を細める。そんな風に他人から思われる事は初めてなので自分でもどうしていいのかわからない。
だが、今までには感じたことの無い胸の奥の暖かさがたまらなく目の奥が熱くなる。
『吉宗さまはお優しいのですね。』
『当たり前だ、特に綺麗な女にはとびきりな。』
そう言われた瞬間、他でも同じように知らない女性に優しくしてるのかと思うとなぜか少し胸が痛む。
あまり深く考えず双六の続きをお願いする。
『ふふ、ありがとうございます。ではお次は吉宗さまの番ですよ』
『ん?おぉ、そうか悪い悪い』
その後も沢山の遊びを教えてもらい、兄が鬼の形相をして帰ってくるまで遊び続けた。
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『よぉ、しゅうお帰りぃ。お琴には無事に会えたか?』
『吉宗・・・お前、私に嘘をついたな。そしてなんだ!みむらの部屋で二人っきりで今の今までずっと一緒にいたのか!』
修蔵が怒りに任せて吉宗の胸倉をつかみ上げる。急いで兄を止めようとするが今の兄は聞く耳を持たない。懸命に兄の手を吉宗から話そうと必死にしがみつくがビクともしない。
『お兄様!おやめくださいっ吉宗さまは私が一人なのを気遣って下さり今まで共に遊んでくださっていたのです!』
『いやっ今回はとても許せるものではないっ!大事な妹にこうも簡単に近づいたあげくお琴さんの事でも嘘をつかれたんだ!』
修蔵が吉宗を投げ飛ばそうとするが吉宗は修蔵に対して並々ならぬ殺気を放ち詰め寄る。
『なぁ、しゅう。お前妹の為とかぬかしておきながらどうしていつも一人にさせて置いたんだ?こんな光もろくに入らない場所でいっつも一人でよ。兄貴ならばもっと妹の為にしてやれる事もあるんじゃねぇのか?』
修蔵は吉宗の言葉を聞いた瞬間掴んでいた手を放す。修蔵にも妹に対し後ろめたい所があるのだろう、吉宗は修蔵が一番突かれたくない部分にづかづかと土足で入り込んでいく。
『うるさい、母の手前妹を連れまわしたりするのは無理なんだ。他人のお前にとやかく言われる筋合いはない。』
『へぇ、妹がこんなに外に出たがって一人で寂しい気持ちになっていても何もしてやれないのかよ。母が怖くてか?情けねぇ跡取り息子だな。』
『なんだとっ!お前の様な人の気持ちを簡単に踏みにじれるような奴に説教されるなどごめんだ。』
『一番身近な奴の心を汲んでやれない薄情兄貴に講釈垂れられたくないね。』
二人の剣呑な雰囲気に圧倒されただ立ち尽くしてしまう。本当は止めないといけないのに兄と吉宗の喧嘩が怖くて動けない、自分のせいで友達である二人が仲たがいしてしまうのは嫌だ。そう思った瞬間に声が出る。
『お兄様、吉宗さまっ喧嘩なさらないで!元はといえば私が病弱で自分から強くなろうと思わなかったのが原因です。お兄様も吉宗さまも悪くはありません。私がもっと丈夫な体で生まれてくればよかったのです。それも今は叶わぬこと、叶わない事でお二人が喧嘩をなさるのは私はとても心苦しいのです!』
言った途端に涙が溢れだしてくる、止めたくても止まらない涙を懸命に拭う。二人がこのまま喧嘩別れするのがとても怖い。涙ながらに訴えると吉宗が噴き出す。
『あぁーあ、クソ兄貴が大事な妹を泣かせちまったよ。安心しな。俺たちは今までこのぐれぇな喧嘩毎回やってるから屁でもねぇぜ』
『うるさい!事の発端はいつもお前だろう。少しは反省しろ!』
いつもこんなド派手な喧嘩をやっているのかと驚き涙が止まる。兄が懐から手ぬぐいを出し涙を拭ってくれる。
『みむら、すまない。私はお前がこの男にたぶらかされないかが心配で仕方なかったんだ。だから大声を出してしまって、驚かせて本当に悪かった。』
『お兄さん、俺にも謝ってもらいたいね。俺も心底驚いた』
すかさず兄が吉宗の頭に軽くげんこつを落とす。痛がる吉宗をよそにみむらの頭を優しく撫でる、みむらはいつもの兄に戻ったので安心した。そんな兄を見た瞬間今日の楽しかった出来事を話し出してしまう。
『お兄様、今日は吉宗さまが沢山のお遊びを教えてくださったの。とても楽しかったわ、今まで一人だとできない遊びや知らなかった面白い絵草紙とか。だから私も吉宗さまとお友達になりたいんです。』
二人同時に大きな声を出して驚く。その声についこちらも驚いて目を瞠る、兄は眉間を狭くし腕を組んで唸り続けているが一方吉宗は首の後ろを掻きながらみむらに上目遣いでたずねる。
『なぁ、俺と友達になりてぇのか?』
『はいっ私も兄と同様に吉宗さまのお友達になりとうございます。』
『友達ねぇ。友達。うーん、男女ならば友達以上に、いって!』
修蔵が吉宗の頭に再度げんこつを落とす。眉を吊り上げ痛がる吉宗を見下ろしみむらを自分の後ろに隠す。
『友達だっ友達で許してやろう!なぁヨシ。妹の気持ちを考えてあげれるならば友達という枠ならば許してやろう』
『まぁ、友達という枠ならばその枠を外せばいいだけだしな。良しとするか』
修蔵の顔が思いっきり引きつっているのがわかるが初めての友達ができたことに胸が高鳴る。吉宗は口を尖らせつまらなさそうにこちらをチラチラと見てくるが今のみむらには吉宗の考えなどわかるはずもない。
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