Track4:能動的三分間-3

タメをたっぷり取って高音のデスヴォで叫んだおれは、シャウトをエンジンにしてリングに上がるレスラーのような気分でフッちゃんのSGの傍に立てかけているマイギターをひっ掴んだ。主に音源を録る時に使っているフェンダーのテレキャス、新品。勿論高かったが高二からバイト代をちまちまと貯めて買ったおれの宝物だ。ライブでは安物の中古を使っているが音録りの時ぐらいは音質にもこだわりたいし、なんて話は今はどうでも良い。とにかく今は、この目の前の見知った顔の未確認生物に反撃をお見舞いせねばならない。


特異な環境で育ったが故に空手で鍛えた上腕二頭筋と同じぐらい逞しく育ってしまった耐え忍び癖のせいで失念していたが、元来おれは無鉄砲で考えるよりも先に身体が動くタイプだった。近所のちょっと歳上の恐い兄ちゃん達をご自慢の“硫酸ピッチ”で驚かして喜んでいたぐらいのやんちゃ坊主なのだ。突然の真夏の夜の超常現象のせいでショック療法よろしく本来の姿を取り戻したおれは、弦に挟んであった赤いピックを手にした瞬間しかしふと冷静になる。


あかん、ほんでここからどうすりゃええんや。


売られた喧嘩をツケ払いで決済する訳にはいかないが、しかし持ってもいないクレジットカード決済を依頼されたようなものだ。一体手にしたギター一本で、どうやって他のギターやドラムを動かせると言うのだろう。

困った。

とりあえず慄きに震える身体を麻痺させようと、カッコ良く片手で眼鏡を外してTシャツの襟に引っ掛ける。苦手なジェットコースターに乗る時なんかもこうするのだが、視界がちょっとぼやけると困惑や恐怖もちょっとだけぼやけるような気がするのだ。このまま愛機を掻き鳴らしたらどっかに吹っ飛んで割れるかもしれんが知った事ではない。どうせゾフで作った安物だ、レンズまでコミコミで七千円だ。ジリ貧バイト学生の財布的には結構大きいけど、この際仕方ない。裸眼でベースボーカルを真正面から見据えると、ヤツは荒っぽい仕草で肩からストラップを外し、まるで缶コーヒーの空でも投げ捨てるようにヴィンテージのプレベを床に放り投げた。使用済みの弦を何度も熱湯で茹でて使用しているため、錆びた破裂音を迸らせながら打ち捨てられる楽器。おいおい、オネーチャンに買ってもらった大事な相棒やないんか。


しかしおそらくこれは、ヤツからの無言の挑戦状なのではないか、とおれは悟った。


俺のベースを鳴らしてみろ。そう言っているのだ。


この力に悩まされ続けている俺には超能力者としての誇りなんぞ一切無いが――寧ろティッシュに出して丸めて捨てたいぐらい邪魔な生理現象なのだが――、さっきも言ったように、河内の漢たるもの売られた喧嘩をリボ払いで精算するわけにはいかんのだ。あれ、ツケ払いだったっけか。もうどっちでもええ。やったろうやないか。


こう言う時は強いイメージが大事だと相場が決まっている。どんな少年漫画やラノベの主人公も自分の“力”を使いこなし、更に新たな技を会得する時にはその技を繰り出す自分を強くイメージするものだ。この拳が闇を貫く訳でもなければ守護霊を召喚する訳でもないが、おれのAmエーマイナーはこの小さな薄汚れたサロンの全てを動かす事が出来るのだ。興奮しないと言ったら嘘になる。

どうせやるなら思い切りシブくてクサいシンフォニックメタルがやってみたい。メタルはメタリカとバックドロップシンデレラぐらいしか聞いた事の無い若造のおれだが、今現在脳内ジュークボックスがノンストップで流しまくるカズマサ怒りのメロディを再現するにあたって、メタル以上にお誂え向きなジャンルはなかった。今のおれ達のイメージには合わないし、ポップロック歌謡曲趣味のキヨスミは絶対に作らない作風だから半ば諦めていたが、言わば練習曲なのだからおれの好きにやって然るべきだろう。哀愁とドスがイイ感じの配分で効いた鼓膜をつんざくような高音ギターと歪みに歪んだベースをイメージしながらピックを握り直し、ライブの一曲目の更に一音目をキメるイメージで弦を思い切り叩いた。


――――鳴った。


鳴った。間違いない。間違いなく、持ち主の手を離れて床に叩きつけられた四本の弦が、オーバードライブでも繋いだような禍々しく歪みのかかった音で、ひとりでに唸ったのだ。まるでケルベロスの咆哮のような声音はそのままコードをなぞり続けるとおれの手付きに合わせて一緒に吠え続け、続いて重たいドラムと金属的なSGのメロディラインが響き渡る。まさかこんな簡単に出来てしまうとは思わなんだ、もしかしてPC部屋にあるMacに入っている前録音した音源を念力で再生してしまっているだけなんじゃねえかと一瞬疑ったが、激しいメタルサウンドは確かに目の前の楽器から鳴らされているものだし九野ちゃん不在のドラムを激しく打ち鳴らしているのは羽根の無い狂った赤とんぼのように宙を飛び回るスティックだった。


おれはなんとも言えない高揚感に包まれながら一心不乱に弦を叩きまくった。まるで初めて舞台に立って喝采を浴びた高校時代の文化祭の気分だ。さっきまでの震えが嘘のように手足の末端にまで駆け巡る血潮が熱く、髪を振り乱し雄叫びを上げながらBPM190ぐらいのハイスピードなイントロを一息に完成させた。


全能感と夢見心地に身を委ねながら生まれて初めて自分の謎体質に感謝した次の瞬間、おれの手は図らずも止まりかけた。


おれの唯一にして最大の武器、自慢の歌を畳み掛けてやろうと開きかけた口も、無言のまま思わず再び真一文字に結び直してしまう。


そう、おれは忘れていたのだ。

その唯一にして最大の武器を活かすのに欠かせない熱源にして弾丸を、おれは持っていなかった。


おれは作曲は出来る方だったが、対して作詞は――――からっきし、駄目だったのだ……!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る