Track4:能動的三分間-1
何処から取り出したのか、キヨスミの唇には愛用の黄色いピックがくわえられていた。指先で弦を弾くと、何処からともなくドラムのサウンドチェック音が聞こえる。他に誰かいるのかとその音の主を探していると、続いてゲイン最大のエレキの轟音がおれの鼓膜を
どうやらリハ室から聞こえているらしい。扉を開け、デタラメに鳴らされるリフとジャズのセッションのようなハイハットシンバルの音が聞こえる方向に急いで向かう。今ここで一体何事が起きているのか、早急に理解したかった、のだが、音の方向に辿り着いたおれはそこで更なる混乱に陥れられる事になった。
ドラムとギターが、ひとりでに動いていた。
ひとりでに、と言うフレーズは日頃使いそうで意外と使わない言葉ランキングの上位にランクインしそうな言い回しだとおれは思うのだが、うっかり貴重な使用機会を得てしまった。人生において「ひとりでに」と言う言葉を使う回数を一日に何度までと制限されるポイント制が導入されているとしたら、今こそその限られたポイントを使うタイミングなんじゃないか。
PC部屋から響くキヨスミのベースに合わせてウォームアップするかのように騒ぐ楽器達は、持ち主不在のまま滑らかにメロディをなぞり始める。防音壁をぶち破らんばかりにヴォリュームを上げた赤いSGがスタンドに立てかけられたままの状態で高速で野太い和音を奏でたかと思うと、コテコテの歌謡曲のようなペンタトニックのイントロが続く。宙に浮き上がったスティックがディズニーアニメの世界よろしく意志を持った生き物のように活き活きと鳴らすドラムは、最近のおれ達の作風の定番である激しい4つ打ちだ。時折クラッシュを効かせながら轟くビートに圧倒されながらとにかくこの異常事態から逃れようと廊下への扉を目指したその時、手を伸ばした方角からキヨスミが現れた。
どういう事や、とおれは反射的に問いかける。キヨスミはスラップベキベキのベースラインを鳴らしながら、まるでオーケストラの指揮者のような顔付きで微笑んでみせた。
「組長ミュージシャンの癖にそんな事もわかんないわけ? ベース鳴らした時に生じる空気振動を増幅させてドラムとギターに共鳴させてんの。細かい仕組みは俺にもよくわかんないけど、サイコキネシス使えるミュージシャンだったら誰だってやった事あると思ってたよ」
生憎おれは自分以外のサイコキネシスが使えるミュージシャンには出会った事が無い。するとキヨスミはニッコリとして「じゃあ俺が初めてなんだね! 光栄だよ」と抜かす。
「イキっとるんやないぞ自分、何がしたい!?」精一杯に対抗しようと凄んでみせるが、自分でもわかるぐらいに声が震えてしまう。まさかコイツもサイコキネシスが使えるとは、しかも長年力の制御とコントロールに関して脳細胞を数億個は消費しているおれすらも未経験な使い方だ。おれのそんな微かな慄きを目敏く感じ取ったキヨスミは、更にイキった素振りで歌うように返す。
「別になんにも? ちょっと遊びたいだけだよ、俺ずっとやってみたかったんだよねェ音に乗っけて念力使うやつ。カッコいいじゃん漫画みたいでさ! せっかく音楽やってんだもんやってみたくなるじゃん、イチモツ持ってたらどっかに挿したくなるのと一緒だよォ」
生理反応生理反応、とやたらリズミカルにビートに乗せて歌う宇宙人。その間部屋中に響き渡る世界初・サイコキネシスによる生バンド演奏は次第にキャッチーさを増してゆき、このまま次のミニアルバムに収録したくなるような楽しげなメロディラインをなぞっていく。素直に感心している自分も否めないが、なんだか目の前の指揮者が上機嫌になればなる程その演奏クオリティも上がっているような気がしておれの耳には不協和音に聴こえてきた。ちょけんなや、こないな超常現象が生理反応な事あらへん、おれは自分をすっかり棚に上げ、拳を握り締めて渾身の上段突きをキヨスミの肩口に食らわせた。
千鳥足のようなステップを踏みながらベースを掻き鳴らすヤツはひらりと舞うように身を翻す。
しかし万事休す、次の瞬間ヤツの筋っぽい首が少しだけ、音を立てて焼け爛れた。
じゅっ、
はっ、としたような表情になったキヨスミは、それでもバンドマンのプライドなのか弦を弾く手を止める事なく息を呑む。Tシャツの肩口もうっかり煙草を押し付けてしまったように縮れ、辺りに焦げ臭い臭いが充満した。
やってやった、おれは片足を引いた状態のまま心の中でガッツポーズを決めた。
しかし、このおれの一矢報いたる精神がどうやらキヨスミの闘志に火を着けてしまったらしい。
皮膚が溶けてロウのような色になった左首筋に左手で一瞬軽く触れたヤツは、すぐさま演奏に戻りながらもおれの勝ち組感溢れる顔を真正面から見返し、鋭いギターの速弾きに掻き消える寸前の小声で囁いた。
「かっちーん」
火傷の痛みにじわじわ襲われているのか眉間に皺を寄せ、苦々しい顔になりながらもヤツは虚勢を張り続ける。
「意外とヤルのね硫酸ピッチさん、次のライブ包帯巻いて出なくちゃ」
「キノホルムの派手さには負けるわ、お前がこんなに男気のある奴やとは知らんかった」
おれも言われてばかりではいられない。物理攻撃が決まった事でちょっと気分が良くなっていたおれは皮肉っぽく笑い返してやる。胸の中に俄に奏でられる形勢逆転へのプレリュードだったが、痛々しい傷跡を負いながらもキヨスミは変わらず小馬鹿にしたように舌を出す。
「お褒めに預かり光栄だよ、でもせっかく褒めてくれても俺母乳すら出せないから」
出せるのはイイ声だけ。そう嘯いたその口でヤツは、
歌を、うたい始めた。
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