Track3:O・P・P・A・I‐3


――――薄いカフェオレ色の肌をほんのりとピンクに染めたキヨミちゃんが、思いの外大胆に大きめのTシャツを脱ぎ捨て、ベッドに身を預けているおれの上に覆いかぶさった……。


初めて触れたほっぺたよりも、もっと柔らかな感触がおれの裸の胸に触れ、まだ硬い花のつぼみのような突起がおれのそれの少し下辺りをなぞるのを感じる……。


形の少しつぶれたDカップは鎖骨の方に少し持ち上げられ、つやつやと健康的に輝いていた……。


竹の根のように繊細な素振りで身震いする彼女……。


んぅぅ、と森の小動物みたいな可愛い喘ぎ声を恥じらいながら漏らす度、伏せられた長いまつ毛が羽化したばかりの蝶のようにふるふる震えて嗜虐心をそそる……。


思わずほっぺたに優しく触れると、彼女は何かを我慢するように、肉厚の下唇をぎゅっと噛んだ……。


細い肩を上下させてはぁはぁと息をしながら、彼女は顔を上げる……。


涙で下まつ毛が下まぶたに貼りついた目の奥は熱にうかされたように潤んでいて、ハートマークが見えてきそうだった……。


全身が充血したように熱いキヨミちゃんの身体をぎゅっと抱きしめると、彼女は、あぁぁぁん、と唇を震わせて…………


「きもちい……♡きよみ、かずくんのこと、すき……♡」



……………………。




なーに想像してんだばーか、との罵声と早鐘のようになった心音が、外と中から同時におれの鼓膜を揺らして卒倒しそうになった。サクセスな〇〇〇スの妄想に酷使されたせいでエボラ出血熱な頭部に相反して、手のひらは異常に冷たいし手汗も凄い。しかも目の前至近距離に、さっきまでおれの上で水龍敬先生も裸足で逃げ出すとろけ顔も露わにあんあん言ってた顔面が、口を歪ませたニヒルな笑みを浮かべて佇んでいるからもうなんか、このまま地面にめり込みたい事この上なかった。めり込んでも下の階にそのまま降臨するだけだけど、おれが。


キヨスミはくびれた腰に手を当てたツンデレヒロインポーズで「どーせ『ああんきもちい♡キヨミ、カズくんのことすき♡』とか想像してたんデショ」と小首を傾げる。ヒトの心を読むなやワレ。


閑話休題、軌道修正。コイツの今までの発言には、やはり目に見える証明が必要そうだ。


お前の言う通り今後の展開をきちんと推し進める為に千歩譲ってその言い分を認める事にするが、その代わり証明せよ、とおれは言った。おれはジョジョも涼宮ハルヒも『がっこうぐらし!』も好きな、決してリアリストともニヒリストとも言えない人間だ。人並みの十九歳のように、もしもバンドでメジャーデビュー出来なかった時の為にバンド経験を活かせそうな就職先の事などもしっかり考えているシビアな眼差しを持ち合わせる反面で、午後の授業に出るのがタルい昼下がりなんかには空から可愛い女の子が降ってこないかなあなんて本気で祈る事もある。


しかし、実際にそのような環境下に置かれたとしてそれを何の保証もなく心から信じられる程おれは強靭な精神もしていないし阿呆ではない。もしも空から可愛い女の子が降ってきて、「月からやってきた姫だ」と名乗ったとして、その娘がどんなに可愛らしく色白で人が好くおっぱいがHカップだったとしても、落下事故の際の頭部強打による錯乱状態を疑う。


おれは千歩譲る事を条件に、己が人工知能だかサイボーグだかの血を受け継いでいる事を証明せよとキヨスミに言った。話を蒸し返すようだがこの世に不思議な事など何一つ無いのなら、どんな不思議な出来事だってロジックで証明出来るはずなのだ。高二の頃全国模試で文系教科のみではあるが都内一位を獲った事のある秀才だったキヨスミが――先の話を信じるのであれば「世界中のありとあらゆるシステムに接続」して回答をくすねていた可能性もあるが――凡才たるおれにも理解出来るようなロジックで答えてくれるかは甚だ疑問ではあるが。


しかしヤツの前では、そんな些末な思惑など風の前の塵に同じ。


小首を傾げて眠たそうな顔をしたキヨスミは、予想外にも「証明なんて必要?」と言い放った。それだけならまだしも、おれのあの古傷までえぐりやがったのだ。


「組長さ、自分を棚に上げてない? 自分だってバケモノみたいな力持ってるくせにさ、ヒトの生い立ちにケチつけようってワケ? “硫酸ピッチ野郎”のくせに」


その話はキヨスミにはしていないはずだった。これから長いミュージシャン人生を共に過ごす事になるかもしれないメンバーには、自分にはパンピの思考では理解し難い得体の知れないおかしな力があるらしい、と言う事実(とそれに伴うデモンストレーション)を伝えておいてはいるが、あの不名誉極まりない渾名に関しては当然ノータッチだった。


おれの不気味な力を一見チャラそうだが懐の深いフッちゃんはこともなげに了承し、九野ちゃんは突如目の前に現れた見知った顔のエスパーに興味津々だった。


その時唯一ノーリアクションだったキヨスミは、おれの決死のカミングアウトからもうすぐ二年が経つと言うこのタイミングで「だって知ってたもの、組長がエスパーだって。カムされる前から」と言う最悪のリアクションを示す。


「言ったでしょ、イライザはあらゆるネットワークに接続して世界の全てを知る事が出来るの。そんな便利な力、自分の子孫に与えないワケないじゃん」


やはり、コイツはそのデータベースとやらでおれの過去までハックしていたのだ。プライバシーの概念すら涙する暴挙におれは思わず殴りかかろうと拳に力を込めたが、キヨスミの喋りは止まらない。まるで今まで溜め込んできた憂さを暴発させる勢いだ。


「そもそも組長自分の力は証明出来るワケ? 原因不明の病気みたいなもんでしょ、病気にだって原因不明のやつがあるんだからこの世に不思議な事が何一つ無いなんて言い切れないわな。たとえ組長がそのやんごとなき家系の力に悩んで病んで、夏目漱石とバンプオブチキンにしか縋れない望遠鏡担いで深夜の陸橋駆け抜けるような青春過ごしてたとしてもさ、そんなのチンケな手品だって言われちゃったらオシマイじゃん?」


「……何が言いたい」

あんまりな言い草に握り拳を下ろした。急激な血圧上昇に全身が小刻みに震え出すが、そんな様子は知られてはならない。経験上、こう言う時のおれは地獄の底から這い上がってきた石川五右衛門のような顔をしているようだが、キヨスミは一切ビビらない。閻魔大王すら敵に回さんふてぶてしさでハッ、と笑い声を出す。


「何がって……だからね、チューリングテストでもしてみるかいって話なの。でもあれって人工知能が人工知能である事を証明するのは不可能なんだよね、優れた人工知能であればある程人間であると判断される。俺達みたいなニュータイプには証明なんてナンセンスなの。呼吸してて、感情があって、おちんちんがあって、えっちできるんだから、最早俺はほぼフツーのニンゲンだよね」


俺達みたいなニュータイプ、にどうやらおれも含まれているらしい気配を感じておれは身震いした。得体の知れなさで言ったら同類かもしれないが、一緒にしないでほしい。


キヨスミは頭から被っていた膝掛けを放り投げ、やおらデスクの椅子に腰掛けて傍らに立て掛けてあるベースを膝に載せた。フェンダーのプレシジョンベース、しかもヴィンテージ。たしかKEYTALKキートークのベースボーカルとお揃いだとか喜んでいた。めちゃくちゃ高かったから買えなかったんだけどおねえちゃんからお誕生日プレゼントに貰った、と去年言っていたが、コイツ妹しかいなかったはずだぞ?


焦がした焼きおにぎりみたいな色のボディが貧相な蛍光灯を反射して誇らしげに光る。長くない脚をやたら優雅な素振りで組み、ベースの側面に肘を載せて頬杖をついたキヨスミは、眠たげな目を更に細めて眩しそうな顔をした。まつ毛が下瞼に陰を落として目が何処にあるのか判らなくなる。

まるで今後十年の理化学業界で大きな功績となる発見を式や数値で証明し終えた科学者のような、何とも言えぬ堂々たる表情のままキヨスミはこう結んだ。


「ただひとつ言えるのは、単なるエスパー野郎に過ぎない組長には使えないような力も、俺には使えるってこと」


言い終えると、左右の耳から愛用の黒い耳栓を引っこ抜く。周囲の雑音がストレスになる事があるから耳栓をして敢えて音を聞こえづらくするのは“絶対音感あるある”らしいが、コイツがこのライフラインを自ら断つのはここ一番のライブの時ぐらいだ。装着するとロングチェーンのピアスに見えるシルバーの紐で左右が繋がった耳栓をネックレスのように首からぶら下げ、ヤツはボソリと――聞こえるか聞こえないかの小声で続けた。


例えば、このような。


針金のように細い腕の中のプレシジョンベースが、戦合図のように低く唸った。

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