第11話 興奮

「その人は誰なの? イストレアの知り合い?」

「似てるけど違うね……こいつはリンネに恨みを持った人間さ!」

「ぐぅ……!? あっ……」


 腹部に突き刺した剣をぐりぐりとねじ込む。

 男も最初は抵抗しようと手を伸ばしていたが、やがて声を出せなくなり遂には息の根が止まった。

 表の美しさを求める姿とは一転、今のイストレアは汚れを徹底的に行う暗殺者のようだ。


「……詳しい事が聞きたい」

「いいだろう。ここまで聞いたんだ、全部話すよ」


 突き刺した剣を抜き、刃についた血を布で拭き取るイストレア。

 かなり手馴れているな……最低限度の戦闘態勢を整えなければこちらも危ないかもしれない。

 錬成や回避行動をいつでも出来るよう意識させつつ、アタシはイストレアの話に耳を傾けた。


「かつてリンネの家は栄えていた。ラムダはもちろんアルストリア国全域を含めてもね。父親が商人として大成功を収め、リンネの家は安泰……かに思えた。けどある日、父親が何者かに殺され、リンネの家は崩壊を始めたのさ」

「崩壊した……?」


 リンネの家はかなり大きな屋敷だった。

 内装もお金持ちを思わせる物で溢れ、まさにお嬢様に相応しい家だった。

 なのに崩壊? アタシには崩壊というより安定しているように……まてよ、そういえばリンネの家は。


「メイドや執事が誰一人としていないのも……」

「ご名答。実はリンネの父親は裏取引を平気でやる悪徳商人。そのやり方に不満を持った人物に殺され、遺産等は殆ど盗まれてしまった。今の屋敷にあるのは売れ残ったガラクタ、つまりあそこはハリボテの屋敷なのさ」

「で、未だに恨みを持った人物に狙われている……と」

「そういう事さ」


 なるほどね、アタシらがベッドでやらかした惨状を見ても何も言わない理由がわかった。 

 それ以上の闇を、父親を通してリンネは知っていた……という事だろう。

 しかし、未だに恨みを持った人物がやって来る、というのは物騒な話だ。


「で、イストレアはその恨みを持った人物からリンネを守っている……って事? 幼馴染を守るって素敵な事ね」

「くく……合っているけど違うね」

「ん?」

「ボクは殺したいのさ……リンネを」

「は?」


 不敵な笑みを浮かべ、身体を震わすイストレア。

 殺人から守っているのに自らも殺人を望んでいる?

 矛盾していないか?


「幼馴染なのは本当さ。けどボクはある日見てしまったのさ。リンネが男たちに虐められる所をね」

「ふぅん……」

「顔や腹を殴り蹴られ、ごめんなさいと泣き叫ぶリンネ。ボクはそんな彼女を見て、何故か無性にゾクゾクしてね……」

「目覚めたわけか……」

「そう、ボクはリンネを守る。だけどそれはリンネの目的を達成するまで。目的が達成された後はリンネを徹底的に虐めて殺すのさ……ヒヒッ」


 どうやって虐めるか、どんな風に殺すか、イストレアの頭はそれで一杯だ。

 思考がかなりサイコパス地味てるがアタシも人の事は言えないので突っ込まない。

 だけど最終的に殺される結末、というのはどうなのだろうか。


「で、リンネはその事知ってるんだよね?」

「もちろん、苦い顔をしながら渋々了承してくれたよ。けどね……彼女も薄々気付いてる筈さ。自分が裏の世界無しじゃ生きられない身体だって」

「?」

「彼女は暴行の数々を無意識に快感として捉えてしまうのさ……虐められる度、彼女は犬のようにハァハァしてかわいいんだよ……」


 まさかリンネがドMだったとは。

 裏で得た暴力をトラウマとしてではなく、快感として受け取る辺り、リンネも中々に狂っている。

 歌姫隊、ロクな奴がいないな。


「ま、この辺でいいだろう……練習が再開する」

「最後にいい?」

「……なんだい?」

「リンネの目的は?」

「……ラムダの支配」

「……ありがと」


 それだけ聞ければ十分だ。

 アタシ達はもうそろそろ始まる練習の為、練習場へと戻っていった。

 恐らく彼女は地位を取り戻したいのだろう……それも父親以上の。 

 少なくともラムダに固執する辺り、ある程度良心はある筈だ。

 が、その良心が彼女にとっての問題なのかもしれない。

 裏の快感と表の栄光。

 板挟みにされている現状こそ彼女にとっての一番の苦痛なのではないか……。


◇◆◇


「さて、少し時間空いたしどこかいく?」

「ステラ……お金ない」

「あはは……そうだね。じゃあ、まっすぐ家に……?」

「何か……いる」


 練習が終わり路地を歩いていると、何やら不穏な気配を感じた。

 だが、イストレアの時みたいな殺意は感じない。

 もっと情けなく、チンピラのような……。


「これでいいでしょう……もうわたくしには……」

「はっ、イストレアの野郎に受けた損失がこれで済むと? 笑わせるんじゃねえよ!」

「おぐっ! ……げほっ、はぁはぁ」


 路地の隅でリンネが二人の男に腹を殴られていた。

 腹を殴られた衝撃でリンネの足元は崩れ、地面に屈服してしまう。

 

「おらおら! 反抗くらいしてもいいんだぜお嬢様ァ?」

「何もできないの? はー哀れだねぇ。こんなに弱っちいのか」

「ぐすっ、痛い……お願い止めてっ……」

「ステラ……助けないの?」

「もう少し待って」

「……?」


 助けようとせず、リンネが一方的に殴られる場面を眺める。

 イストレアの言っていた、裏で得た快感。

 それが本当かどうか確かめたかったのである。

 身体の傷なんてハイポーション使えばいくらでも治るしね。

 ……どうしようもないクズだな、アタシも。


「ステラさっ!? ……助け、いっ!……どうして見てるだけぇっ!」

「ははっ、お友達もビビって来れないようだな? 哀れな物だぜっ!」

「ああああああああああああああああああっ!!」


 綺麗な手を足でぐりぐりされ、泣き叫ぶリンネ。

 仲間であるアタシ達に見捨てられ、彼女の心境はかなり複雑であろう。

 でも不思議だ。

 リンネは痛くて苦しい筈なのに……心なしか喜んで見える。


「そろそろ助けるよ」

「ん……了解」


 地面に土下座し、男たちからタコ殴りにされる。

 あれではいくらでも殴ってください、と懇願しているようだ。

 ま、大体わかったしそろそろ助けますか。



「ははっ、次はどこを、ぐべらっ!?」

「ん? どうし、げはぁっ!?」


 一人を錬成で作った壁でぐちゃぐちゃに潰し、もう一人をヤミシノの弓で貫いた。

 チンピラだったものは一瞬で肉片と血に変貌し、辺りに飛び散る。

 なんだ、大口叩いていた割に大したことないじゃないか。

 雑魚二人に苦戦する辺り、リンネは戦闘があまり得意ではないようだな。


「はぁはぁ……どうして見捨てたのです……怖かったから?」

「んーだってリンネ、楽しそうだったし。ね、ヤミシノ」

「うん……リンネ、中々面白い表情してた」

「面白い……?」

「ほら、これ見てよ」

「……っ!」


 手鏡をリンネに見せ、自分の姿を映させる。

 全身をボコボコにされ血と涙でぐちゃぐちゃなリンネ。

 しかし、その表情に苦痛さは一切なく、代わりに笑顔を浮かべていた。


「そんな……どうして……」

「イストレアから全部聞いたよ」

「!? ……そういう事ですか」


 何かを察したようだ。

 この様子じゃ、自分の事も理解しているみたいだし詳しく言わなくてもいいだろう。

 ただ、アタシが見逃すかは別としてね。


「もっと虐められたい?」

「……! それは……」

「大丈夫、傷なんてハイポーションで治るからさ……ほら」

「んくっ!? いきなり何を……! これは……」


 ハイポーションを飲ませた途端、リンネの身体がみるみる回復し傷跡すら残らなくなった。

 流石、ハイポーション。傷跡すら残さないとは高級品なだけある。

 

「……錬成の力、ですか」

「うん、だからさ……リンネの好きな事、いっぱいしてあげるよ♡」

「っ! ステラさん……あなたは」


 口で抵抗しても身体が求めていることはバレバレだ。

 ヤミシノとはまた違う、怯えつつも反抗心をむき出しにしたその顔がかわいい。

 イストレアが殺したくなるのも無理ないな。

 彼女にはきっと、誰かに虐めてもらいやすいオーラが溢れているんだろう。

 ふふ、今日はヤミシノとリンネ、二人まとめていただこうかな♡

 


 

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