第9話 裏
「ステラさん? なんだか表情が固いようですがどうされましたか?」
「え、ああ何でもないよ? ごめんね心配させて」
食事中、アタシは大浴場での出来事をずっと振り返っていた。
首元を舐めた事から始まり、いきなりヤミシノが誘惑、そしてアタシはエスカレート。
具体的に何をしたのかよくは覚えていない。
しかし、アタシはヤミシノを性的に襲った。その事実だけは覚えている。
「ヤミシノさん、料理のほうはいかがでしょうか?」
「ん、最高……でりしゃす」
「そうですか、お口に合ってよかったですわ」
そんなアタシとは裏腹に、ヤミシノはいつも通りだ。
むしゃむしゃご飯に手を付け、おかわりも要求している。食べ盛りの子供のようだ。
確かに料理は美味しいしリンネの腕は凄いと思うが何故あそこまで平然といられるのか。
それが不思議に思えた。
「ふぅ、ごちそうさま。リンネ、料理ありがとうね」
「いえ、これくらい普通の事ですわ。新しい同居人の為ですもの」
「え? アタシ達ここに住むの?」
「最初からそのつもりでしたわ。二人共住む場所も無くしていますし丁度良いかと」
まさか、ここに住む流れだったとは。
家が無くなったとはいえ居候するわけには。
と、お断りを入れようと思ったのだが。
「お断りはお聞きしませんわよ? その辺で野宿されても困りますもの」
「うっ……はい」
先読みお嬢様パネェ。
というわけでリンネ邸にお邪魔することになりました。
◇◆◇
「ねぇヤミシノ……」
「ん、何?」
「さっき大浴場であった事……覚えてるよね」
寝室、髪も乾かし終わり就寝ムードが漂う中、アタシは問いかけた。
あれだけの事をされて、ヤミシノは何故平然といられるのか。
そしてアタシを誘惑した理由……。
色々と聞きたいことがあった。
「うん……私はステラに無茶苦茶にされて……こんな跡まで付けられた」
「っ!……それは」
胸元を出し、赤くうっ血した箇所をさらけ出すヤミシノ。
……キスマーク。
自分の物だと証明するために恋人同士つける愛の証だ。
「太ももや背中……色んな所に付けられた……ステラは欲張り」
「……ごめん」
「謝らなくてもいい……ステラはただ受け入れればいい」
「え……? ヤミシ……いっ!」
ベットにアタシを押し倒し、首元を噛みだす。
甘嚙みとはいえ不意打ち。
一瞬感じたズキッとした痛みに涙目になってしまう。
「あっ……ヤ、ミシノ……」
「ステラはわからない……行動原理もあやふや……先の事一切考えてない……だから面白い」
「面白い……?」
甘嚙みしながら蜜のように首元を吸い出すヤミシノ。
じゅるじゅると唾液が混ざり合う音が寝室に響き、就寝ムードを消し去ってしまう。
深夜、寝室、二人きり、ベット。
あらゆる条件が揃い卑猥なムードを新たに形成される。
「じゅるるっ……私は面白い事が好き……だけど今までの面白いに【人】という存在は入ってこなかった……」
「んぁっ……で、その初めての“面白い人”がアタシって事ね……」
「ご名答……だからステラ……あなたを放したくない……ずっとずっと、私を楽しませてほしい……」
声に色気を乗せ、黒く濁った瞳でアタシを見つめる。
なんてわがままで欲まみれな女だ。
アタシの事を知り合いや友達ではなく、道具としてみていたなんて。
表もかなり毒の強い女だと思っていたが、裏はもっとドス黒い本性を隠していたのか。
と、ヤミシノが口元を放した。
「……ヤミシノは同姓とこんな事してさ……気持ち悪くないの?」
「全然……私は男女関係なく愛せる……バイセクシャルって奴」
「……よくカミングアウトしたね。辛いでしょ、普通とは違う感性を持つって」
「私は別に……でもステラも同じ……かもしれないし」
一理ある。
風呂場でアタシは同姓であるヤミシノに欲情した。
こんな経験、アタシの人生で初めてだしステラと同じ感性を持っているかと言えば怪しいだろう。
……けどカミングアウトしたヤミシノに襲われて、未だ感じているアタシがいるってことは……それと似たような物なのかもしれない。
「嬉しかった……まさかステラが私で興奮するなんて……潜在的な感性?……それとも私の魅力?」
「自画自賛しちゃうの? イストレアみたい」
「私はあんなのじゃない……お花畑思考はよそでお願い」
「ふふ、地味に酷いね」
「正直に言っただけ……」
軽口を叩きつつも再び身体を密着させ倒れ込む。
上はヤミシノ、下がアタシ。
攻守逆転のようだ。
「耐えても無駄……この部屋には媚薬入りのお香を焚いてある……」
「へぇ、よっぽどアタシを興奮させたいの?」
「それもある……けどそれより……」
アタシの顔を近づけ、妖艶な瞳で見つめると……
「唇へのキス……ステラからしてほしいから……おねがぁい♡」
「っ……」
色気を乗せたヤミシノ渾身のささやき。
唇を小刻みに鳴らし、今か今かと待ち構えている。
完全にアタシの理性を壊しにかかっているな。
現に胸はズキズキし、呼吸も荒くなっている。
同姓を犯す禁忌……それをアタシは二度も重ねてしまうのだろうか。
「ヤミシノ……さっきからヤミシノを見てると胸がズキズキする……これって何かな?」
「奇遇……私も同じ……もしかしたら恋だったり」
「これが恋? なんだか歪んでいるね」
「それでいい……お互いおかしいとこまで来てる……もう後戻りは不可」
恋とは純粋で淡い青春だと思っていたのにここまで狂った物だったのか。
特に初恋は切なく、でも心地よいものだと聞いていた。
それがどうだ?
アタシは今ヤミシノに欲情し、無茶苦茶に犯そうと考えている。
切なさや心地よさなんて微塵もない、歪んだ欲望のみがアタシの心を支配していたのだ。
「……倫理観とか捨てて楽になろ……ス・テ・ラ♡」
「あ……」
「ふふっ……」
倫理観……それがトリガーだった。
常識という物に縛られてきたアタシを捨てる。
これこそ裏のアタシを見る為のキーだったのだ。
それに気づいた時、アタシの心から光は消え、やがてドス黒い闇が新たに出現した。
「……じゃあさ……アタシに全部預けてよ」
「ん……?」
「アタシさ、もう我慢出来ない。ヤミシノしか見れない、ヤミシノをぜぇんぶモノにしたいの」
「……やっぱりステラは面白い。常識人だと思っていたのに、ここまで哀れに墜ちるだなんて」
「ふーん……アタシは普通だと思っているけど、なっ!」
「んぅ……!?」
油断した隙を見てアタシはヤミシノと口付けを交わした。
触れるだけではない、舌を入れて絡ますディープなモノだ。
それが約十秒続き、ヤミシノの理性と呼吸を奪う
そして口が離れた時、ヤミシノは腰を抜かし涙とよだれで酷い表情をしていた。
「はぁ……こ、これ……ヤバい」
「んぅ……美味しい♡ディープキスってこんな味だったんだ。教えてくれてありがとね」
「は、はは……やった……壊れた壊した……ステラの全てが今、私の目の前に……面白くなってきた……」
ガクガクになりながら笑顔でほほ笑むヤミシノ。
いつものアタシなら、ここで大丈夫? と声を掛ける場面。
だが今のアタシは違った。
「ぐぅ……!? いっ、あっ……」
「ふふ、勝手に寝転がったりしたらダメでしょ? ちゃんとお座りしなきゃ」
「ごめん……なさい……」
気遣うどころかむしろ逆。
アタシはベットに倒れ込んだヤミシノの首を締め上げ、無理やり起き上がらせたのだ。
苦しみながらも何故か目にハートマークを浮かべるヤミシノ。
全身がゾクゾクする……他人を傷つけているのに、アタシの身体はむしろ火照りを増していく。
……アタシの裏に隠されていたのは支配欲。
誰かを自分の思い通りに調教したい、まさに裏という言葉に相応しい物だった。
「ヤミシノ……大好きだよ♡」
「ん、く……私も……ステラの事好き、大好き……一生いてほしい」
「くす……永遠に離さないから……覚悟してね?」
「……っうん」
首から手を放し、再び口付けを交わす。
裏人格を開放したアタシとヤミシノ。
その様子は醜いなんて言葉では済まされない程、残酷な物だった……。
◇◆◇
「もう朝ですわ……ってあら?」
朝、ステラとヤミシノが眠る寝室にいくと衝撃の光景が目の前にあった。
周りを散らかし、二人が全裸で熟睡していたのだ。
おまけに薄い媚薬の香りと生々しい潮の臭い。
これが居候のやる態度かと少し頭を悩ませる中、わたくしは奇妙な点を見つけた。
「おはようリンネ。今日も美しい朝だね……ってどうしたんだい?」
「イストレアさんおはようございます。早速ですがこれを……」
「……ただの性行為、じゃないのかい? 随分衝撃的な光景だが……そうか、ヤミシノの首元が……」
「えぇ……ただの盛り合いにしては、少しアブノーマルな匂いがしますの」
わたくしが妙だと感じた点、それはヤミシノの首元が妙に赤くなっていたのだ。
しかも手のひらくらいの大きさ、まるで誰かに首を絞められたようだ。
呼吸は正常だし命に別状はない。
だがこれ行った犯人、もしや。
「ステラさんが……?」
チラッとステラの方を覗く。
隣のヤミシノと同じようにぐーすか寝ており別段変わった様子はない。
だが、わたくしは見てしまった。
ステラさんの持つ、ドス黒い闇に。
「……また心を読んだのかい?」
「ええ……ステラさんもヤミシノさんも……かなり闇深いですわね」
「と、言う事は首も……」
「間違いありませんわね」
他人の趣向に突っ込む気はない。
現にわたくしが言える義理ではないし、個人のプライベートだ。
誰にも邪魔されず、自分を開放したい時だってあるだろう。
しかし、歌姫隊という立場、身体への損傷は考慮するよう告げ口しなければならない。
それにサディスティックな行為なら、別の方法がいくらでもあるだろうに。
「懐かしいねぇ……昔を思い出すよ」
「あら、イストレアさんはこんな酷いことをしていましたの? ドン引きですわ」
「忘れたのかい? ボクがキミを監禁した事を……」
「そうでしたわね……あれもいい思い出でした」
首絞め如きじゃわたくしは動じない。
だってそれ以上の快楽を、わたくしは知っているのですから。
過去、頭からつま先まで与えられた酷い仕打ち。
それを思い出す度、わたくしは全身がゾクゾクし血に飢えたような感覚に陥る。
「イストレアさん……またやってくださいませんか?……わたくしもう体中の震えが止まりませんの」
「ふふ、リンネは欲張りだね……でも、今は我慢だよ?」
言われなくてもわかっている。
歌姫隊に入ってから、わたくし達はサディスティックな行為を控え、かなり落ち着いた関係を保っていた。
本当ならもっと体中を虐めてほしい、しかし今は身体の傷は命取りとなる仕事だ。
この時ばかりはドM気質な自分が嫌になってしまう。
けれど……。
「全てが終わったら……たっぷりご褒美をあげるよ」
「ふふ、期待していますわ……」
ラムダを救う。
その目的を達成するまで、わたくし達は止まることができないのだ。
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