第2話 加護

「上司はゴミ……身体は触るし営業ノルマは厳しい……死ねばいい……です」

「うわっ、最低じゃんその男。ヤミシノちゃんは反抗しないの? 神様パワーとやらでちゃちゃっと」

「無理……立場も実力もケタ違い……キモい癖に力はハンパないです……」

「はぁ……だめかぁ」

 

 事情徴収という目的を忘れ、私達はお互いの愚痴を言い合っていた。

 酒の前ではちゃんとした思考が保てないのだ、仕方ない。

 だが、ここまでの会話で色々わかった事がある。

 ヤミシノは本当に神様らしく、普段は天界の神様サポート相談室の営業部門という所に週六で働いているようだ。

 その証拠に魔力探知で通常とは違う魔力が検知されたし、名刺が下界には存在しない鉱物で出来ていた。

 そして何故神様が労働? と疑問に思ったのだが……


『労働の神様だから……一般人以上に労働を強要されました……ずーん』


 労働の神様、それは人間界で長期労働による死亡事故や働く時間を調整する等、冒険者に適切な冒険ライフをサポートする神様らしい。

 本来、神様は信仰心で生命力を得ているのだが、労働の神様は冒険者から報酬上げろ、待遇を良くしろだの散々文句を言われまくり信仰心が全く集まらない。

 その救済措置として、神様より上の創造主が神様本来の役割を与える事で生命力と賃金が支給されるようになったのだ。

 んでヤミシノは労働の神様。

 だから労働という本来の役割を遂行する事で生きているらしいが……。


「労働の神様一杯いる……もう私いなくても……助けて神様死んじゃいます……あ、私が神様か、ははっ……」

「ヤ、ヤミシノ? ほら、水飲んで落ち着こ?」

「んくっ……ありがとう……です」


 目をぐわんぐわんさせ空を見上げるヤミシノ。

 どうやら相当追い込まれているみたいだ。

 神様はただ見守っているだけ、というのは幻想で実際は苦労している神様もいる、というのがわかった。

 

「まあ、上司というかリーダーがアレだとねぇ……」

「冒険者は基本ブラック……手当も出ない、報酬も安い……でも誰でもなれるから激増……負のスパイラル極めています……」

「だよねぇ……ランク制なんて上に行けば行く程形見狭くなるし……」

「あれも上司が勝手に決めた……上司、現場を知らない……だからガバガバ……」

「え、マジ? 一発ぶん殴りたいのだけど」

「どうぞどうぞ……あの人は一回罰を受けるべき……なんなら処刑でも可」

「ははは……」


 双方飲酒と愚痴のスピードが上がり、真っ赤になっていく。

 視界が若干ぼやけ、手元がぐらついてきた。

 アタシはそこまで飲むタイプじゃないのだが、ヤミシノの飲みっぷりに影響されたのか、安酒を十杯も飲み干していた。

 あ、そろそろお金無くなる……。

 これ以上頼むとツケ払いになってしまう為、アタシはここで切り上げる事にした。

 名残惜しいけどまた次にくれば会える……かもしれないしね。


「じゃあ、アタシはこの辺で……そろそろお金が無くなるしね」

「ん……待って下さい」

「? どうしたの?」

「ステラいい人……お礼にサービスします……じゃーん」


 突如、異空間を生成したヤミシノはそこから何かを取り出した。


「……何これ?」


 見た目は何の変哲もない透明な板だ。

 しかし、時々光ったり消えたりしている。


「ふっふっふっ……これは私達営業が押し売りで販売している特別な加護……」

「えっ、加護って訪問販売だったの?」

「……加護は大抵、押し売りか懸賞……直接授与は最近無い……めんどくさいから……」

「ええ……」


 加護というのは神様や精霊から授かる特別な力の事だ。

 取得出来るのは一部の限られた人間だが、その力は絶大でトップクラスの勇者は全員が所持している。

 そんな特別な加護が訪問販売で売られている事実。

 加護って特別感を出さないといけないのにお手軽すぎないか神様よ。


「ここにタッチするだけで何か加護が貰える……まあガチャ見たいな物です……今回は初見歓迎の無料単発……ただし一回だけ」

「なるほどね……ま、まあ面白そうだしやろ……」


 セールスが押し付けてきた怪しさ満点の加護ガチャ。

 しかし、この時のアタシは酔いが回ってまともな思考能力が保てなかった。

 酒の勢いに任せ、アタシは透明な板に触れる。

 すると、透明な板が眩しく輝きだし、空間に新たな物質を生成し始めた。

 

「ちなみにこれハズレとかあるの?」

「いえす、ハズレは一杯あります……何せ最高レアの確率が一%……」

「い、いち……」

「はい……だからクレーム多くて毎日憂鬱……ずーん……」

「うわぁ……」


 いくら加護とは言え、こんな確率ではクレームが言いたくなるのも無理はない。

 上の考えがスケスケのガチャなんて購入者を得させる事が殆どない悪質な物。

 だが超特別な神様の加護! という膨張された売り文句にみんな釣られるんだなぁ、とアタシは思う。


「ん? 金になって……虹色?」

「おーこれは当たりですねー……やったぞステラ……ぶいぶい」

「本当!? え、どんなのが来るんだろ……」


 多くの購入者が苦しめた魔の加護ガチャ。

 その狭き門を潜り抜け、アタシは当たりを引き当てたようだ。

 どんな加護が来るのかなぁ……わくわく。

 

「ん……これは」


 虹色に光る物体がアタシの中に入り込み、目の前に内容が表示される。


『新たに【身体魔力強化EX】を会得した』


「……?」


 なんだろう余り変化を感じない。

 肩や腰の痛みが引いた? ような気もするが気のせいだろう。

 これが本当に加護の力なのか。


「これは凄いです……」

「え? そうなの?」

「これは身体能力と魔力を強化する加護……でもEXクラスはその上がり幅が尋常じゃない……」

「……そうなの?」

「ん……ステラ、使える魔法は……?」

「錬成に……後は初級魔法をちょいちょい……」

「んー……ネメシスさん、今いい?」


 少し考えた後、ヤミシノがネメシスを呼んだ。

 一体、何をするつもりなのだろう。


「どうしたの?」

「あの壁……錬成魔法使ってもいい?」

「ええ、それくらい大丈夫よ。あんなボロボロな壁、壊してくれていいくらいよ」

「ん、ありがとう……ございます……ステラ、お願い」

「え、アタシ?」

「ステラの力ケタ違い……今ならあの壁一瞬で直せる……しゅばっと」

 

 目の前には店の端から端にそびえ立つ巨大な壁。

 所々崩れてひびが入り、料理が飛んだ後やペンキの剥がれ落ちた後がこの壁の年季を感じさせた。

 錬成……と言ってもここまで大きな物を直すのは無理だ。 

 アタシの錬成範囲は手が触れている部分のみ、しかもこの壁全てを修復する魔力なんてない。

 そう思っていたのだが……。


「じゃ、じゃあいくよ? 錬成……!?」


 壁に手を触れ魔力を注ぎ込もうとした途端、いつもと違う感覚に酔いが冷めてしまった。

 魔力量が以前とは段違い……なのに魔力欠乏を起こすことは無く全然平気だ。

 これが加護を授かったアタシの力……?


「おー直ってる直ってる」

「へぇ……あのボロボロだった壁が一瞬で……」


 錬成の精度にネメシスは関心していた。

 普段以上の錬成範囲を超え、壁一面が錬成によりどんどん新品同様に変化していく。

 汚れやひびは錬成により修復され、もはやその後すら残らない。


「え、ちょっと待って錬成が……!」

「ん? どうしたの?」


 しかし壁が綺麗になったやいなや、錬成はアタシの予定していた範囲を超え、飲み屋全体を修復し始めたのだ。

 まずい……初めて大きな力を使うせいで制御できていない……!

 そう気づいたアタシは急いで錬成を中断しようとしたのだが……。


「……」

「あらら……リフォームにしては豪勢すぎるわね」

 

 錬成はアタシの想像を遥かに超えるスピードで行われていたらしく、アタシが気付いた時には既に遅かった。

 飲み屋は完全に新築と化し、いす等の物に至っては変な装飾が加えられている

もはやちょっと高級な料亭のようだ。

 これでも十分凄いのだが、これらの動作に掛かった時間が僅か五秒、という事実も忘れてはいけない。


「え、えぇ……何この力……自分でも軽くドン引きなんですけど……」

「ふっふーん、これぞ神の加護……確かに購入者の評判は悪い……だが、やるときはやるのだ……」

「ハ、ハハ……カミサマッテスゴインダネー……」


 自分でも棒読みになるぐらいこの状況は理解が出来なかった。

 勇者とはいえロクな力を持たずに冒険して来たこの十年。

 今まで牛歩の如く成長していたのだが、これは異常すぎる。

 なんかもう、アリが急にドラゴンに進化したような気分だ。

 身体魔力強化EX

 この力にアタシは感心するどころか、恐ろしさを抱き始めていたのだった……。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る