episode12《不整合な翠》

 あの日をやり直したいと言ってくれた遼太に送ってもらい、私はホテルで休むことにした。

 ベッドにどっかりと座り込み、遼太と再び恋人同士になれた幸せを噛みしめていた。

 優しくて屈託のない顔で笑う遼太が頭の中に浮かぶ。同時に、私の顔は紅潮していった。ずっと前に知り合っていたのに、今頃になって赤面するのはおかしな話だった。

 改めて小林遼平について考えてみた。

 遼平はなぜ海岸に座っている私の声をかけたのだろうか。遼平自身は私のことを知っていたが、私は彼の顔に引っ掛かりを覚えただけだった。そこからすぐに仲良くなる確証だって遼平にはなかったはずだ。遼平がどれだけの策士だったのかは計り知れないが、きっと彼の手の中で私は転がされていたのだろう。遼平自身が私を騙すつもりではなかったにせよ。事実、私は遼平に誘導されていた。そして、事を見計らい、実名を打ち明けた。それも、私にちょっとした推理をさせて。

 ――遊戯あそび

 頭の中にそんな一言が浮かんだ。

 もし、遼太として私の告白してくれたことさえも、“遊戯”だったのなら。

 自分で酷いことを考えていると思い、そこで遮断した。せっかく幸せな時間を彼が与えてくれたのだから、それを逃しては勿体ない。

 彼からの告白を受け入れたとき、遼太は本当にうれしそうな表情をしていた。あれは嘘じゃない。遼太にそんな演技ができるとは思えなかった。

 私は急に思い立って腰を上げた。

 スマートフォンを鞄から取り出し、宛先の欄に遼平のアドレスを記入した。


明日の午後、日本に帰ります。


 そこまで打って、指が止まった。

 『一緒に日本に帰ろう』とも『一人で帰る』とも言えなかったからだ。私の都合で遼太の人生を狂わせる訳にはいかなかった。

 仕方なく短い文のまま送信することにした。不愛想だけど、きっと遼太なら私の想いを汲み取ってくれるはずだと自分勝手に信じていた。

 遼太からの返信を気にしながら帰国の準備を進めていった。



 キャリーケースにだいたいの荷物を詰め込み軽く蓋を閉めると、スマートフォンが音を奏でた。そこには遼太の名前が表示されていた。

 彼からの返信を確認するべくウィンドウを開いた。そこには。


『俺も戻る。明日迎えに行くからホテルで待ってて』


 なぜ遼太も帰ると言い出したのか。原因が何なのか想像できるような、できないような。いずれにせよ、私が誘導して出させた答えではないので、彼の意見を尊重すべきだと思った。

 一緒に同じ飛行機に乗れることが嬉しくて、普段は確認の返信しないのにそれを打っている自分がいた。


『了解!』


 おまけに絵文字をつけそうになった。それはどうにか抑えて感嘆符のみにした。

 この短い文の中で私の想いが伝わっていたらいいな。

 きゅっとスマートフォンを握り、一人嬉しさに身を任せた。下がった目尻が戻りそうもなかった。今すぐにでもスキップをしたいくらい、浮かれていた。

 気が付くとカーテンの隙間から陽の光が部屋に差し込んでいた。視界はぼやけている。どうにか記憶を辿って、手探りでスマートフォンを探した。電源をつけると、6時45分だった。いつの間にか眠っていたらしい。

 自分でもおかしいと思った。昨夜はあんなに高ぶっていた感情が、今は静まっている。

 眠気の覚めきらぬ身体をどうにか起こして、カーテンを全開にする。昼間にも似た強い日差しが私を刺激した。思わず目を閉じると、昨日の記憶が鮮明に蘇った。

 午後には遼太が来る。それまでに荷物をまとめて、すぐに出発できる準備をしておかなくてはならない。

 私は焦って、日曜日を感じさせる日光が差し込む部屋の中を動き回ったのだった。



 3時間ほどかけて帰国の準備を終えると、インターフォンが鳴った。遼太ではないはずだ。なぜなら、まだ今は午前中だから。

 誰だろうと思いながらドアを開けると、そこにはホテルマンが立っていた。私がぽかんとした顔で言葉を待っていると、彼は口を開いた。


「小野崎様、プレゼントが届いております」


 彼の英語は私の能力でどうにか理解できるものだった。彼の手には紺色のケースが乗っていた。


「誰からですか?」


 私が質問すると、ホテルマンはにっこりと笑った。


「渡せばわかる、とおっしゃっていました」


 フィーリングで彼の言葉を解釈し、手を差し出した。私がお礼を言うと、ホテルマンは軽く頭を下げて廊下をすたすたと歩いて行った。少しだけそれを見送ってからドアを閉めた。

 渡せばわかる、か……。

 なんとなく予想はできたが、それが本当に正しいのか定かではなかった。

 ホテルマンから受け取った紺色のケースをぐるりと一周見て開けようとした。そこで、隙間から何か白いものがはみ出ていることに気づいた。引っ張ってみると、それは簡単に出てきた。


『誕生日おめでとう』


 手に取ったメッセージカードには、丸い字でそう書かれていた。女性が書いたような文字だった。

 誕生日? 私の誕生日、今日じゃないのに。

 私の誕生日は4月30日だ。今日は7月30日。なぜ3ヶ月もずれて誕生日プレゼントなんて届いたのだろう。

 謎が解けないまま私はケースを開けた。するとそこには、大きなペリドットがはめ込まれたネックレスが入っていた。

 何も分からない。送って来た相手には予想がつくのに、それ以外は全く。誕生日の意味も、3ヶ月ずれた意味も、ペリドットの意味も。何一つとして繋がりがなくて、ただ謎が深まっていくばかりだった。

 普通ははめ込まれた石を見て、『綺麗』とか『可愛い』とか思うはずなのに、今の私は謎解きを始めていて、素直な感想が無かった。

 皺がないように整えたベッドの上に座り込み、私は遼太からの連絡があるまで、ネックレスを眺めて謎解きに時間を費やしてしまった。

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