episode8《似非探偵は看破し涙する》
私がちょっとした反抗的な目を向けると、遼平は目を逸らして鼻で笑った。その行動によって何かが変わるように思えたが、それは私の早とちりだった。
「本当にどうしたんですか、小野崎さん。僕があなたを騙してるってことですか?」
図星をつかれた人間は、普通このように聞かれたことを復唱する。なるべく事実に辿る道を遠回りしたいからだ。簡単に言えば時間稼ぎだ。
遼平が詐欺のような手口をするとは到底思えなかったが、彼の思い出話からは私と共通した想いを感じた。
「そうです。小林さんが騙していたと言えば、私はまんまと騙されていたことになります」
自分の浅い呼吸が耳についていた。正直うるさかった。しかし、遼平が本当のことを吐いてくれれば、それでこの呼吸は治まるのだ。
早く、真実を、知りたい。
そう思えば思うほど、呼吸は荒ぶっていった。
騙されていたとすれば彼の手のひらでころころと転がされていたことになる。癪だが、そうだった場合認めざるを得ないだろう。
揺れもしない遼平の目をきつく睨みながら私は続けた。
「どこかで見たことのある顔だと思っていたんです。でも、昔付き合っていた彼が偶然海外にいるはずはないと、自分に言い聞かせていました。だって彼は……」
私は遼平を見つめていた目線を伏せて、言葉を切った。遼平は私の言葉の先が分かったかのように、ドリンクを一口飲んだ。
彼が何も言わない限り、私が声を発して間を繋がなくてはいけない気がした。
「――だって彼は……、死んだはずだから」
視界の隅で遼平の目が歪むのが見えた。
やはり知っていたのだ、この結末を。私が話せば話すほど、彼は自身を暴かれることになる。と同時に、私もつらくて思い出したくもない思い出を掘り出すことになる。
遼平がもし、あのとき付き合っていた彼だとしたら……。
1mmにすら満たないかもしれない希望に、私は全てを委ねることにした。
「彼は浮気していた。私と会う約束をしてから、きっともう一人の彼女に誘われたのでしょう。そして私は、もう一人の彼女に負けた。彼が私と会っていれば、彼が死ぬことはなかった。彼女が運転する車に不備があったから、彼は彼女と一緒に死んだ……」
しっかり遼平を見ると、彼はもう頭を項垂れていて顔は見えなかった。
ここまで話しても真実を明かさない遼平に少しずつ怒りがわいてきた。
もうここまで来たら後戻りはできない。遼平が肯くまで私から全てを話すのみだ。
遼平の全てを暴くつもりで決意し、口を開いた。
「
そこまで言って、自分の目から何やら液体が溢れていることに気づいた。
私は泣いていた。
無意識に涙を流していたことに気づくと、次から次へと溢れて、止めどなく流れていった。
彼との思い出が鮮明に蘇り、胸が熱くなっていた。彼はもういないと思っていながらも、会いたいと、もう一度あの日々を取り戻したいと願っていた。
涙でぼやけた視界の中で、遼平が戸惑ったような心配するような表情をしていた。
「りょうちゃん……」
呟きながら手を伸ばすと、遼平は私の手を握ってくれた。
彼の手は温かく、私の手に馴染んだ。
彼は震える私の手をもう片方の手で包んでくれた。
まばたきをする度に大粒の涙が一つまた一つとテーブルに落ちた。
そう、この温もりは彼のもので間違いない。二年前に握ってくれていた、あの彼。浮気しているなんて分からないくらいに感じていた愛。彼からの愛は、大きくて温かくて世界に一つだけの大切なものだった。
いつまでも手を握っていられた。このまま離れないでも生きていけるかのような、そんな気がしていた。
2年の空白の時間を埋めるかのように、私は遼平の手を握ったまま涙を流した。
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