episode3《透明な仮面》
「お待たせしました」
私は外出用の服装に着替えて、ホテルのフロントで待つ遼平に声をかけた。
私が声をかける前から遼平は私の足音でこちらに振り向いていた。
なぜだか嬉しかった。
こうして異国の地で同じ日本人に出逢い話せるということは、とても幸せなことだと思った。
外は炎天下で日焼け止めを塗らないとやけどしそうなくらい暑かった。しかし、マウイ島を輝かせる要素が太陽だと考えてみると、猛暑も長所だと思えた。
「小林さんはいつも拠点はどこにしているんですか?」
今まで話してきた流れで仕事の話はまずかったか。遼平の表情に曇りが見えて、質問したことを後悔した。
しかし、彼はすぐに表情を改めた。
「拠点なんて言葉――僕は主にペルーにいるんです」
「ぺっ、ペルー!?」
予想外の返答があり、私は驚いた。てっきりアメリカや日本だと思っていた。
私の驚き方がよほどおかしかったのか、遼平はくすくすと笑った。
「そんなに信じられませんか。僕は本当のことを言っただけですよ」
彼が言った『本当のこと』でも未だに信じられない。信じる以外の選択肢は持っていないというのに。
私にはペルーの位置しか分からず、そこに彼を引き付けるものがあるのかどうかも分からなかった。
「……じゃあ、写真家になったきっかけとか」
呟くように私が改まった声で尋ねると、遼平は少し歩調を乱した。つられて私も歩幅が短くなる。
うつむき加減だった顔をぱっと上げて遼平の顔を見た。そんなに困る質問をしただろうかと自分を振り返る。
彼の目を見つめていると、急に遼平が歩調を速めた。驚いて私は急いで追いついた。
声をかけることも躊躇わせるこの雰囲気。まだ出会ってから二日しか経っていないが、こんな遼平を見ると世界が狂ったような感じがした。
「あ、あの……」
私が重い空気の中で息継ぎをするように声をかけると、遼平はやっと止まってくれた。
「……すいません、独りでおかしなことを考えていました」
聞いたことのないような美しい低音で彼は言った。その言葉に今の彼が全て描かれていると思った。
きっとこれ以上彼のことを探ってはいけないのだろう。
遼平は何事もなかったかのように周囲の店を紹介して歩いた。私はそれに違和を感じながら紹介を受け入れた。
「本当に詳しいんですね」
私は少し遼平の機嫌を伺いながら褒めた。彼は機嫌を損ねることなく、微笑んでくれた。
「自分が過ごしやすいように調べただけですよ」
遼平は謙遜したが、嬉しそうだった。
……よかった、嫌だとは思ってないみたい。
紹介してくれるところについて感想を述べるとき、私は毎回彼の機嫌を伺っていた。一方通行の好意など悲しくてやっていられなくなるから。
「努力をしている人、私は好きです」
無意識のうちに口から出た言葉。自身では気にかけなかったが、遼平の歩調が再び乱れて気にした。
まるで私が彼に恋愛感情を抱いているかのような表現をしてしまった。
遼平が誤解していることに、お互い見つめ合って10秒ほどで気づき、私は弁解に移った。
「あ、いや! 小林さん個人が好きという訳ではなくてですね、あ、いや、小林さんのことは好きなんですけど、その……そういう意味ではなくて」
一人で口走ってしまった。
遼平の様子をチラリと伺ってみると、手を口に当てて、笑いを堪えきれない表情をしていた。もう弁解は必要なかった。
「わかってますよ。小野崎さん、必死すぎます」
遂に遼平の笑いが爆発し、彼はお腹を抱えて笑った。そんな彼を見て、私は優しい気持ちになった。
昨日から見てきた笑顔とは、また種類の違うものだった。私よりずっと大人の雰囲気なのに、無邪気な笑顔で人生を楽しんでいる。そんな様子だった。
彼が笑うと世界がぱっと明るくなる気がした。そんな彼の笑顔に、私の笑顔は敵わないなとも思った。もし私の笑顔が彼の世界を照らせていられるのなら……。
そこまで考えて意識を現実に戻すと、既に遼平の笑いは治まっていて、私の心配を始めているようだった。焦って彼に声をかける。
「あ、ほら、早く行きましょう。私、お腹がすいちゃったんですよ」
私が歩き出すと、また遼平が口を抑えて笑った。
恥ずかしかった。変なことを考えている自分を見られて、穴があったら入りたい気分だった。
「もう着きましたよ」
彼の声が優しくかかり、振り返って見ると、そこは本当に美味しそうな匂いを漂わせるパン屋だった。
「つ、着いたんですねっ……!」
きっと今の私は赤面症を患っている人のようだろう。実際にそんなことはないが、顔が火照って仕方がない。将来また恋愛をするときのトラウマになってしまいそうだ。
少し駆けて彼に寄り添った。もう遼平は私を笑わなかった。もっとも、彼がどのような感情を抱いて私を笑っていたのか分からないが。
私がパン屋の外見に見とれていると、遼平が声をかけてくれた。
「入りましょう。お腹、すいてるんですよね」
優しい微笑みで、遼平は入口の扉を開けてくれた。そこから私は遠慮なく店内に入った。
店内はとても香ばしい香りが充満していた。匂いだけでお腹がいっぱいになりそうだった。
「いい香り……」
私は香ばしいパンの匂いに気を取られ、先ほどの赤面を既に忘れていた。きっと何をしても思い出すことはないだろう。
香りにうっとりして入口に立ったままでいると、遼平が突然私の手を引いた。
「早く選びましょう」
あまりにも自然だったので、私は照れる時間さえなく、彼から手渡されたトングを手に持ち、
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