Case:5-14

「SINKを敵に回すというのはこういう意味、だったのかと」

「スメラギ」


 かける言葉が、果たして見つからない。肉体ではなく精神が衰弱する相棒の声を聞いて、俺には言葉を見つけられない。このまま見守っていればいいのか? 無理矢理言葉を絞り出せばいいのか? 何が正しいのかなんて、わからない。

 だが、ここで荷物を背負ってやらないで何が相棒だ。俺はしゃべるべきだ。俺には到底推し量れない絶望と挫折に心を折りかけている王子様の隣に並ぶために。


「じゃあ、止めるのか? SINKを潰すのは」


 息を呑む音がする。風の鳴る雑音が混じった。


「違うだろ。相手がどんな組織で、そこに誰がいようとも――してきたことは何も変わらない。本質は変わっていないから、おまえも変わる必要はないんだ」

「タスク、君は」

「俺がやる」


 苦しんでいるなら、せめて俺にできることは行動することだ。スメラギの代わりに、スメラギのぶんまで。


「俺が引導を渡す。おまえはそもそも監禁されて動けないしな。おまえの言葉を、叩きつけてやるよ。だから、そのままでいい。おまえの目標は、そう簡単に折られちゃいけないんだ」


 まぶしいくらいの理想だよ。


 そう言ったらスメラギは少し押し黙って、……それから、小さな声で言われた。「頼んだ」と。


 ***


 駅から徒歩五分の好立地。すっかりおなじみになってしまった食堂だが、壁にぶらさがったメニューを見る余裕さえなかった。ここに来るといつもそうだった。大衆食堂のはずなのに俺は変な緊張感に襲われて、ろくにメシも食えない。重要な話をどうにか聞き逃すことのないよう必死に食らいついて、あとには呆然とした俺が残っている。それが、この数日の出来事。

 三回目の邂逅。でも今日は、違う意味で緊張している。これがきっと、最後になると思うから。


「待たせたかい、接木くん。すまないね、会議が長引いてしまって」


 県警刑事部長、支倉玄蔵。クールビズらしい水色のYシャツにノーネクタイ姿で、彼は現れた。


「いえ、お構いなく」

「住良木くんの命がかかっているからね。我々としても最善を尽くしているが……犯人から連絡がないことには手がかりも乏しく」

「いいえ。大丈夫ですよ、スメラギは。今日で監禁生活も終わりですから」

「というと?」


 支倉玄蔵は大人らしい大人だと思う。立場があり、身分が保障され、年長者としての振る舞いも威厳があり、俺のような大学生を無碍に扱わない。だからこそ大人らしいと思う。本心は絶対にうちに秘めて、その性を微塵も見せなかったのだから。

 彼がテーブルについた時点で、戦いは始まっている。役職についた人間らしい、制服ではないスーツ姿。腰の膨らみはなし、拳銃を隠せるとしたら胸ポケットか。元々体格の良い人だから、胸の厚みだけで忍ばせているモノの正体はわからない。

 喧嘩を売る。


「スメラギを誘拐したの、あなたですよね」


 沈黙。まばたきをゆっくり、一、二回。何度も咀嚼するように言葉を繰り返しているのだろうか。言葉の通りだ。先手は強気、かつインパクトを大きく与える。虚を衝かれたように目を丸くしていた支倉さんの表情に、徐々に感情が戻っていく――のに、それは能面みたいな顔だった。


「……ご明察、とは冗談でも言えない言葉だね」

「刑事部長相手に冗談かませるほど心臓の強い人間じゃないですよ、俺」

「私を犯人呼ばわりするということは、つまり私がSINKの人間だと?」

「そう言っています」


 自嘲する暇さえない。顔は緊張で頬が強ばっているが、そんなもの悟られてはたまらない。


「スメラギが誘拐された監禁場所は、近所に白亜の三階建てがある高級住宅街。調度品も上等なものらしいです。そんな家を持てるのは経済的に余裕のあう人物。そして、そこにいる女性……名取美和の存在が、あなたでしかありえない根拠だ」

「名取美和。それはまた」


 懐かしい名前だね、と支倉さんは呟く。知らぬ顔はしないらしい。それもそうだろう、何せスメラギを見出した……スメラギにとっては支倉さんとの出会いの事件、その重要人物なのだから。


「スメラギが初めて解決した、密室殺人事件。名取美和は加害者の、妻です」

「知っているよ。忘れるはずもない。痛ましい事件だった」

「彼女の夫の罪を知っており、脅せる人物。住良木密にとって最初の事件だと知っている人物。当時捜査の指揮をしていたあなたなら、その要件に該当します」


 名取美和を共犯者に立てる。その采配を閃くのは住良木密の過去をしっている警察の人物だ。以前もらった容疑者リストの四人は、スメラギの最初の事件に関与していない。分類上殺人事件だから、組織対策課の管轄ではなかったのかもしれない。


「そうか。住良木くんはどうしても、私を犯人にしたいんだね。ならばここはお約束として……聞いておこうか。君たちが考える『物語』を」

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