Case:5-12

 それにあてはまりそうなのはいただろうか。四人のプロフィールは履歴書みたいな捜査資料に書いてある。

 奥谷愛理はバリバリのキャリアウーマンでマンションに一人暮らし。まあ金に困ってはなさそうだが高級住宅街に一軒家を買えるほどかと問われると否だ。岸辺元次は組織対策課の課長。身分は十分、待遇も良さそうだ。妻子持ちで住所は竜田台たつただい――高級住宅街の代名詞。今城千早個人は普通の警察官だが、親御さんは政治家である。別荘のひとつやふたつ持っていてもおかしくない。最後に海老名隼人……平々凡々な中流家庭。蝶ヶ谷の寮に一人暮らし。金回りは良いとは言えなさそうだ。


「その条件だと岸辺元次と今城千早があてはまりそうだな。で、コネっていうのはどんな理由で?」

『……彼女さ』


 スメラギの声が硬くなった。少し声を潜めたところから察するに、隣の部屋にでもいるのだろうか。先ほどまで後ろから聞こえていた女声の叱責はもう聞こえてこない。


「何者なんだよ、あの人」

『確信はない。でも……もし、僕の予想通りなら。あの人をメイドとして雇えるのはSINKの事件に詳しくてずっと昔から追っている人、かな』


 スメラギには心当たりがあるらしい。意味深な物言い。確信には至っていないと言うが、大分強い推測でもってその結論を抱いている。俺はその先を促すこともできただろうが――やめた。不明瞭なままの発言というものは探偵として許されざるものなのだろう。推測と憶測は別のモノだ。


「コネのありそうな人物……警察関係で立場があるのは課長の岸辺だが」

『コネは警察内部だけとは限らないよ。今城さんのお父さんは衆議院議員だとか。内閣に入閣経験もあるし、多方面に顔がきくと思うけど』


 岸辺元次と今城千早。容疑者の人物像に当てはまるのは、この二人。後は殺人事件の概要と、被害者の動きそしてアリバイ。もう少し支倉さんから話を聞いた方がいいか。


「犯人像については理解した。俺はもう少し殺人事件を調べてみる」

『毒薬がいつ渡されたのか? パソコンはどうやって現場に残されたのか? 事件に関して調べるなら、そのあたりを明らかにしたいところだね』

「了解した」


 メロンソーダの氷はすっかり溶けていた。通話が切れる。俺はスマートフォンをテーブルの脇に置き、グラスについた水滴を拭う。細いストローで緑色の炭酸をすする。水っぽい絶妙な不味さが広がった。


 ***


 午後八時。自室のベッドに腰掛け、俺は捜査資料に目を通していた。現場と、容疑者と、被害者が殺害されるに至った経緯と。そのあらすじは整理しておくべきだろう。


 被害者が死んだのは七月十日。その前日九日の行動がカギを握る。その日、夕方六時に終業のタイムカードを切った沢木和宏は、普段と変わった様子もなく帰宅する。

 私物の銀のパソコンは自宅。そこで組織から指示があったのか、……恐らく今回の犯人から指令を受けた沢木は、自宅のノートパソコンで「挑戦状」を作成する。データを作成したのなら、当然犯人に完成品を送るはずだ。きっと犯人はその「挑戦状」を持っている。ノートパソコンを使った偽装をするなら犯人しかあり得ない。

 さて、仕事を終えた沢木はカギをかけて就寝する。そこで彼の日課となっている睡眠薬を服薬――沢木は仕事のストレスから、不眠症に悩んでいたらしい。睡眠薬は半年ほど前から処方されている。しかし中身は毒薬にすり替えられていて、その毒によって命を落とした。


 被害者はここで終わりだが、犯人の遊戯じみた隠蔽工作はここからだ。

 七月十日、「挑戦状」のデータが入ったパソコンは警察に押収される。その後、なんらかの方法を使ってフェイクのノートパソコンを事件現場にセット。組織と事件をつなぐヒントを残したまま、スメラギの手足である俺が到着したのが七月十一日というわけだ。


「なんつーか、無意味な工作が多いような」


 すべての物事に意味を求めてしまうのは、探偵小説の読み過ぎなんだろうか。犯人が愉快犯だと割り切ってしまえばそれまでか。正体をスメラギに暴いてほしいのか、暴かれない絶対の自信があるのか。


 犯人のアクションについて検討しよう。毒薬について。SINKに所属しているのなら危険薬物の扱いなどお手の物というか、独自の入手ルートから仕入れることは可能だろう。沢木に何の疑いも抱かせずそれを渡し服毒させるには、ふたつの条件がある。

 ひとつ、沢木が不眠症に悩んでいることを知っていること。これは組織対策課の懐奇町チーム、彼の同僚である海老名とも既知だろう。真面目で根詰めやすいタイプの沢木はチームでも心配されていたらしい。

 ふたつ、沢木にとって十分に信頼できる人間であること。見ず知らずの人間から渡されたクスリを沢木が黙って飲むとは考えられない。ひとつめの条件と重なるが、沢木と親しく信頼関係を築いていなければ難しい。


「あークソ。毒薬から容疑者の絞り込みは厳しいか?」


 ならばノートパソコンの件だ。フェイクのパソコンを用意し、彼の自宅に置く。これが可能なのは彼の自宅に行った経験があって、死体発見後に彼の家に侵入できた人物。日常会話で「パソコンを持っている」と話すだけでは型の絞り込みはできない。沢木が極度のパソコンマニアで、普段から型やスペックについて言いふらしているならまだしも、言葉だけで特定するのは困難極まる。

 だから、犯人は彼の家で――もしくは彼が見せた写真で、ノートパソコンを特定したと考えるべきだろう。

 頻繁に彼の家に出入りするのは、同じ警察寮に住んでいる海老名隼人。残りの三人は彼の住所は調べられても家に招かれたことはない。よほど懇ろでない限り、部下や上司の自宅に行くことは起こらないだろう。死体発見後の現場については情報がない。明日支倉さんに聞いてみよう。誰が出入りしているかどうかで容疑者は大いに絞れるかもしれない。

 しかし、だ。


「パソコンの出所から考えると、スメラギの言っていた犯人像とは食い違うな……」

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