Case:5-11

『考えるべきことは何点かある。一つ、沢木和宏の正体。商人か客かで見えてくるものも変わるだろう。二つ、殺害の動機。沢木和宏と犯人の間にトラブルがあったと見るべきだろうね。問題はそのトラブルが何なのかだ。三つ、犯人像。これは僕を監禁している現状も踏まえ、ステータスとして必要なものを挙げていこうか。その果てに、容疑者を絞ることができるかもしれない』


 そういう意味でなら、一点目はすでに解決済だ。


「沢木和宏は組織に所属していた人間の可能性が高いぜ」

『根拠は?』

「パソコンだ。お前宛と思われる挑戦状、あっただろ。あれが沢木が所持していた、私物のパソコンからも発見された。つまり挑戦状を作成したのは沢木ってことだ」

『……そう』


 スメラギの返答は少しの間があった。のみならず、どこか不服そうでもあった。腑に落ちない、の方が適切か。どうやら何か引っかかっているらしい。


「どうした?」

『いや。犯人が警察、ということを考えるとね。押収されてから証拠を改竄かいざんした可能性も否定できないだろう』

「改竄って」


 すぐに否定できない俺も、その可能性を完全にナシにはできないと気づいているのか。


『でもさすがに無理、かな。組織ぐるみでの隠蔽ならできるだろうけど、犯人が単独だと監視の目が厳しい。共犯者がいれば別だね』

「SINKに所属する人間が、警察に複数人いる場合、ってことか?」

『そうなってしまえば、警察がSINKを潰せない理由も明白だね』


 内側からもみ消されるから。言葉にしてしまえばそれまでだが、薬物密輸組織と警察が繋がっているなんて具体的に想像したくない。しかし犯人と被害者が関わっている以上、その根は深いと考えるしかない。


『でも所持していた薬物の量から考えるに……自分で使用していたんだろうな。密売人が足のつく危険な商品を、しかもこんな中途半端な量だけ忍ばせているのはおかしくないかい?』

「組織の人間が必ずしも売り手とは限らないだろ。売ってるうちにクスリに興味がわいて、自分でも使うようになっていたのかもしれない」


 スメラギは「そうだね」と呟く。普段のキレある返事ではなく、まだ思考段階といったあやふやな返事だった。


「次は動機、だったか。クスリを扱う組織のトラブルって言ったら、まあ」

『クスリの売買に関して、だろうけど』


 殺害に至るまでの、トラブル。客であり商人、警察であり密売人。その言葉だけでは不足に思われる。クスリに関しては知らないが、商売でのトラブルは金絡みが多い。あるいは商品の質か。いや、被害者は警察官だ。そして容疑者も警察官、しかも被害者の知人と来ている。そこから考えるべき可能性は。


「口封じか」

『僕もその線が高いと見ているよ』


 スメラギの口数は少ない。


「被害者と加害者の正体。どっちも警察官だって知られたら、まずいのは……」


 どっちもまずいが、組織に属している「上」の人間の方が致命的だ。SINKを壊滅させる絶対的で致命的な手がかり。だから正体を掴んだ被害者は、何らかの理由で容疑者を告発しようとした。揺さぶりかもしれないがそのための口封じ、が妥当な線か。


「最後に犯人像。犯人像、つってもなあ……」


 SINKに所属する、スメラギとのゲームを楽しむ愉快犯、とかか。具体的な条件を考えればいいのか。容疑者である四人のパーソナルデータと照合すればいいのか。とっかかりはいくつもあるようで曖昧だ。


『犯人はそこそこ裕福で、かつコネを持った人物だと思うよ』


 スメラギが今までとは違う、決然とした口調で応じる。普段と同じ、いや普段よりも強い語気に俺は戸惑う。

 どうしたと言うのだろう、確かにスメラギは監禁という特殊な状況で、SINKも絡んでいる。精神状態としては平静とは言えないかもしれない。だが、この奇妙な不安は何だ?


「裕福で……って言うのは、おまえの監禁場所が根拠か」

『ご明察』


 スメラギを気遣うよりも謎解きに没頭させた方がいいのかもしれない。どのみち俺はそれ以外の方法を知らないんだ。スメラギの話を聞こう。これは杞憂かもしれない。


『僕が監禁されているのは一軒家。あいにく寝室と水回りしか冒険できない身だけど、調度品からもわかる。ベッドはヨーロッパの輸入品だし、安眠用の簡易プラネタリウムがある。オーディオ機器も上等なものだよ。何せ壁面にスピーカーが埋め込まれているサイズだ』

「……おまえ監禁されてるくせに高待遇じゃねえか?」

『ベッドのお世話にしかなっていないよ』


 でかい寝室でベッドに横になり、クラシック音楽を雨のように浴びて人工の星空を仰ぐ。そんなスメラギを安易に想像できて俺はなんだか腹立たしくなった。監禁生活をエンジョイしているなんて冗談じゃない。

 話を戻す。


「確かに、上等な家だな。高級住宅街とかか?」

『トイレの小窓から覗く限り、お隣さんは白亜の壁が印象的な三階建てだよ』


 殴りたい。


『まあ、裕福だという根拠は以上。別荘だとしたら相当な金持ちだ。社会的な身分も高いと思うよ』

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