Case:5-10
一人で使うにはいささか罪悪感を覚えるL字型のソファに脚を広げて座り、テーブルのメニューを脇へ追いやる。代わりに支倉さんからもらった捜査資料を並べた。捜査資料と言えば聞こえはいいが、支倉さんが用意してくれたのは「容疑者リスト」だ。被害者である沢木に近しい人間をピックアップしてくれている。
沢木のパソコンと同型のものを、一晩空けて現場に置いた理由。それはまだ明らかになっていないが、それが可能な人物は絞られるのだ。沢木が私物として使っていたノートパソコンの型を知っている人間は限られる。そこから容疑者をまとめたという。
同時に、現場は警察寮だ。事件当日、捜査を終えた夜は人が少なかったとはいえ、現場に足を踏み入れようとする人間への警戒度は高い。現場に入ることができた人物、という意味でも絞り込みがなされたようだ。
その人物像について、スメラギと打ち合わせをしておくべきだろう。いつでも連絡がとれる誘拐というのも、なんだか危機感のない話だ。
あらかじめ伝えられていたスメラギの「監禁用」電話番号を見つけ、かける。見慣れない番号の羅列が俺達をつないでいる糸だと考えると、なんだか頼りなく思えた。コール音は三回。四回目の途中で途切れ、代わりに雑音が混じる。声が遠い。
「?」
『……すから、今はダメですと申し上げたはずです。食事中の電話などマナー違反ですよ、坊ちゃま』
『そこは大目に……あ、タスクも困るでしょう』
「俺がなんだって?」
多方面に指摘をしたい情報が有り余る電話に、俺は一回すべてを飲み込んだ。罵声と皮肉を混ぜて挨拶の一つでもかましたいところだが、話は迅速に進めておきたい。会話から察するに食事中だったスメラギは、数拍の沈黙の後に応答した。
『やあタスク。今朝ぶりかな?』
「何やってるんだよお前」
抽象的な問いから始めるのは無粋かもしれないが、現状に謎を残した段階で本題に入りたくもない。俺は単純かつ明瞭な言葉での回答を求めた。
『何って、ちょっと遅いランチだよ。もしかしてタスクも食事中に携帯電話をいじるな、なんて説教じみたことを言うのかい?』
『説教ではありません、教育的指導です』
スメラギの後に飛んでくる、やや小さめの声。距離の問題だろう。しかし決然とした口調の女声がそこにあること自体、俺には新事実だ。監禁だと行っていたがランチを満喫しているし、「坊ちゃま」呼ばわりされているし、どういう状態なんだ本当に。
メロンソーダを一口飲んでから俺は問いを投げた。今度はより具体的に。
「そんなことはどうでもいい。お前どこかの家に監禁されるんだよな? なんでそこに女がいるんだ」
『最初の電話で話さなかったかな。僕の身の回りを世話してくれる使用人がいるって。この人が僕の食事を持ってきてくれるんだけど、やたらとマナーにうるさくてね』
『うるさいのではありません、坊ちゃまがだらしないのがいけないのです』
「で、坊ちゃまはメイドと優雅にお食事中だったわけか」
『その呼び方はやめてほしいな』
王子様といい勝負か、と俺は無関係な感想を抱く。
「さて、閑話休題だ。支倉さんから容疑者のリストをもらった。今から伝えるからメモでもしてくれ」
『だそうです。すみませんメイドさん、テーブルの食器よけますね』
『ああ、まだ食べ終わっていないのになんて不作法な』
向こうは向こうでおもしろそうなのが気に入らない。スメラギが監禁されていて、保証されていても命の危機にあることに変わりはないのに。それに毒されつつある俺も嫌気がさす。もっと緊張感を持って取り組むべきなのに、また俺はスメラギに調子を乱されているのか。
口頭で情報を伝えるのは意外と面倒だった。文字で見せれば一瞬で終わる情報を漢字一つとっても変換して伝えなくてはならない。終盤は疲れもあって、芸能人の名前を挙げては「あいつと同じ」と伝えるようになっていた。
『……犯人が警察に知らせるなと言わなかった意味がわかったよ』
犯人自体が警察だからだったのかな、とスメラギが呟く。どこか虚脱感のある声だったのは気のせい、だろうか。
「沢木和宏と親交があり、彼の私物のパソコンの型まで知っていそうな人間はその四人、だそうだ。奥谷、岸辺、今城の三人は沢木と同じ組織対策課。海老名は沢木の同僚で、交通課所属」
『組織対策課――沢木さん達はSINKを追っていたのかい』
「ああ。いくつか班があるが、岸辺さんをリーダーとしてその四人で行動していたという。担当地区は主に懐奇町だ」
その沢木和宏自身が、何らかの形でSINKという組織に肩入れしていたことになる。違法薬物の検出がその根拠だ。
「組織を追いつめる側に、組織側の人間がいたら世話ねえよな……」
率直な感想を漏らす。スメラギからリアクションはなかった。
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