Case:5-9
「お前の見たパソコンのメッセージっていうのは……警告、じゃなかったか」
スメラギの言葉が詰まる。図星らしい。
『……僕にあてたメッセージが、そのパソコンに?』
「聞いてた話と違う。これはSINKの捜査に深入りするなって警告じゃないか? お前の誘拐と何が」
『この事件はSINKに繋がっている。その証拠なんだ』
スメラギの言葉は噛み合っているようでまったく噛み合っていない。届いていた白い封筒を思い出す。「SINK」を示す四枚の予告。スメラギの誘拐、監禁。そして沢木のパソコンから発見された、編集中の「挑戦状」。
『タスク。その文章、最後に更新されたのはいつになってる?』
俺の警告を振り切るように、冷静な声でスメラギが告げる。俺はまだ言いたりないことばかりだったが、唇をきつく噛んで耐える。SINKの壊滅。それはスメラギが本気で追いかけている目標であると、俺は聞いたばかりだ。
「七月十日午後十一時二十八分――死体発見の日じゃねえか!」
『死体は午前中に発見されている。つまり』
スメラギは一呼吸置いて問いかける。
『このパソコンは……昨日。どこにあったと思う? タスク』
「昨日って、そりゃ現場に」
『警察がパソコンを放置すると思うかい』
「……いやまさか」
その「まさか」が意味するところは、つまるところ。
***
「警察内部による犯行。加えて容疑者は被害者である沢木くんの関係者……なるほど。立場を踏まえて言わせてもらうと、あまりに由々しき事態。そう言わざるを得ないね」
午前十一時。ランチというにはいささか早い時間帯。俺は現場から離れ、駅から徒歩五分の好立地にある建物の中にいた。一階、食堂。白い長テーブルはすっかり黄ばんでいる。
食事をする気分にはなれない。目の前には喫茶店のものに比べてずっと薄いコーヒーがある。一口すするだけで十分だった。まあ、何かを口に入れようと思えないのは……向かいに座るのが支倉玄蔵刑事部長だから、であるが。
「現場にあったパソコンは沢木さんのものなんですか? 昨日の段階で警察が押収しているはずですよね」
俺がここにいるのはそのためだ。スメラギとも相談し、事情を聞くには唯一にして強力な「コネ」である支倉さんに頼み込む必要があるだろうと。県警のお偉いさんだから電話で一時間前に「会えませんか」で通用する人間ではないはずなのだが、少しならと時間をつくってくれた。
あいさつもそこそこに俺はぶちあたった疑問をぶつける。パソコン。挑戦状と打たれた、スメラギへの警告。あの文言がスメラギの監禁されている場所にもあるということは、あれはその原文なのか。あれを作ったのは沢木か、調べられることを見越した犯人なのか。
支倉さんの返事は重々しかった。
「いや。押収した証拠品を盗難されるなんて真似、された日にはウチのメンツが丸潰れだ。沢木のパソコンは今も県警にあるよ。厳重に保管されている」
「じゃあ、現場のパソコンは」
「まったく同じ型の別物、というべきだろうか。今分析をさせているが、フォルダやメールのIDはデタラメだったらしい。編集中のデータだけが沢木のパソコンと一致したそうだよ」
沢木はやはり、挑戦状を作成していた。警察に保管されているパソコンからもデータが出てきたということは、それを作れるのは沢木だけだろう。
「挑戦状は、沢木が作成したもの」
「そう考えるべきだろうね」
内部から出てくるのは非常につらいのだが、と支倉さんが言う。
「住良木くんを誘拐した犯人の仲間。それが沢木くんだったということだろう」
「仲間、ですか」
「犯人は複数の可能性がある」
目元の皺は深く刻まれているが、その奥に潜む双眸は獲物を前にした鷹のように鋭い。
「沢木くんが死んだ今も、住良木くんは監禁されたままだ。少なくとも沢木くんの他に一人。あるいはもっといるのかもしれないが」
「支倉さん、俺達が探そうとしているのは」
俺とスメラギが目指すべきゴール。そのターゲットを絞り込む、その問いをする前に、わかっていると言わんばかりに支倉さんが左手で制した。口を噤む。
「沢木くんの遺留品を調べた結果、国内では違法とされている薬物が微量ながら発見された」
「ッ!」
ぼんやりと見えていた蜃気楼が明確な輪郭をかたちづくっていく。もやもやとしていた白い霧がわずかながら晴れて、浮かび上がった残像は凶悪な笑みを口元に浮かべるのだ。
「SINK同士の仲間討ち。あるいは顧客と商人とのトラブル。いずれにせよ容疑者は県警にいるわけだ」
***
午後一時。大学を自主休講した身としては図書館に間借りするのもなんだか忍びなく、俺は考えを落ち着ける場としてカラオケボックスを選んだ。ワンドリンク制、一時間百三十円。フリータイムを使うほど居座るつもりもなかったし、歌うわけでもないので機器は適当なものを選ぶ。
店員がメロンソーダを置いて退出したのを確かめて、俺はまずテレビの音量をゼロにすることからはじめた。マイクもBGMも一切が不要である。喫茶店という選択もあったが、大学近くの喫茶店はあいにくと狭すぎて席が埋まっていた。蟻浪まで徒歩の旅をするには、最高気温三十一度の今日は不向きだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます