Case:5-6
謎解きゲームの一種だって言いたいのか? スメラギが訳もわからず誘拐されて、同意もなく現実の事件をあまつさえ「玩具」にして遊ぼうとしている。スメラギに拒否権はなく、ただ、犯人の用意した舞台で踊るように仕向けられている。
『僕が正しい犯人を暴いたとき、僕はこの密室から解放されるらしい。幸か不幸かこの部屋、隣に水回りがあってね。そこの鍵は開放されているから、なんというか快適すぎる密室なんだけど』
「そっちの部屋から脱出は」
『しないよ』
できない、ではなくしない、と言った。俺は愕然とする。まさか、愉快犯の遊興にのるっていうのか? 現実の事件を踏み台にして?
「おいスメラギ――」
『使用人が食事を運んでくれるんだけど。ご丁寧に言われたよ、逃げ出せば僕の家族を殺すってね』
ありきたりな脅し文句だけど、下手に刺激しない方が良さそうだ。スメラギはだいぶ落ち着いた声で
誘拐の成功率は、実際問題高くない。人質が思うような動きをしなかったり、仮に立てこもったところで最終的に
『警察にもパソコンと同じメッセージを送ってある、と使用人は言っていた。警察に知らせるな、というわけではないみたいだよ。そこの意味がよくわからないんだけど――よほど自信があるということなのかな』
「……お前の状況は理解した。で、そのふざけたゲームにつきあってやるのか」
俺の声は怒気をはらんでいた。語気が自然と荒くなる。何に対して怒っているのか、俺にも理解できていない。ただ、心の奥から燃えるような、マグマみたいにドロドロした感情が、俺の身体を循環していくのを感じる。
『ゲームにつき合うつもりはないけれど……密室事件があるのなら解決しなくては。あいにく、今のこの状況で僕にできることは犯人の指示に従って情報を集めること、だからね』
悔しさを滲ませるでもなく、努めて淡々とスメラギは述べた。俺を落ち着かせる為なのか、己を理性的にするためなのか、その真意はスメラギにしかわからない。だが、こいつの状況を理解するとともに、俺がしなくてはならないことはなんとなく見えてきた。
「スメラギ。電話はできるのか」
『スマートフォンは取り上げられてしまってね。部屋にあった携帯電話でかけているよ』
それで非通知か。警察なら逆探知とかGPSでスメラギの居場所を割ってくれそうなものだが――
『携帯電話、なものでね。逆探知や契約者は割れてもGPSは搭載されていない。ガラパゴス式なんて触るの久々でさ、電話をかけるのも一苦労だったよ。操作を忘れていてね』
俺の読みはスメラギにもわかっていたらしい。契約者がわかっても、大方偽名や何かを使っているだろう。あまり期待は持てそうにない。しかし、手がかりは手がかりだ。警察にスメラギの状況が伝えられているなら、調べてもらえるだろう。
「それで? 俺は何をすればいいんだ。警察にもメッセージが届いているなら、お前の状況は警察もわかっているんだろ?」
『警察は警察。僕は僕で犯人の指示通り、密室殺人の捜査をするよ』
どうやって、なんて聞くまでもない。
『幸い、制限時間の指示はなくてね。ふかふかのベッドで状況を整理するとするよ。行動するのは明日からでいい。さすがに今から警察に行くのは、君の負担になるだろう』
「人命がかかってるのに負担なんて」
『大丈夫、僕は死なない。安心してほしいな』
誘拐事件、王子様の監禁、どこかで起こった密室殺人。忘れかけていた「SINK」のカード。「僕は誘拐されました。今日は安眠して明日から捜査をしましょう」なんて、一介の大学生にはあんまりな展開だ。
考えることが多すぎてパンクしてしまう。非常事態だということはこれでもかと自覚しているのに、話し相手は被害者にも関わらず、俺に「大人しく寝ていろ」と要求してくる。警察に行くのが明日になったところで、今日の眠りが浅くなるのは確定しているのに。
『電話は許されているようだから、僕から支倉さんに電話しておくよ。タスク、君は明日僕が伝える現場に行って、密室殺人の捜査をしてほしい』
「俺が、捜査か」
スメラギに比べてしまえば遙かに劣る俺の洞察力でスメラギの手足の役割を果たせるのか、正直不安は大きい。でもやるしかないこともわかってはいた。俺の不安は声に表れていたのか、スメラギが明るいトーンで言う。
『大丈夫、僕もいる。君の目と、耳と、言葉と、感覚と。僕の推理で、ひとつの真実を暴いてみせようじゃないか』
***
メインストリートもあり、
平々凡々な一軒家が並ぶ住宅地、それが蝶ヶ谷だ。土地も高くないので大きな家が目立つ。土地の安さから察してほしいが、決してアクセスは良くない。「繁華街」蛇霧へはバスが一時間に一本程度、徒歩で行こうものなら一時間以上かかる。車があれば便利、という田舎あるあるに該当する地域だ。
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