Case:5-4
「誰かが、この無意味なメッセージに意味を持たせた。三件目に死体が発見され通報される前に、メッセージを改変したんだ」
「……まじかよ」
スメラギが渋い顔をしている理由が、なんとなく見えてきた。蟻浪の連続殺人事件は終わった。犯人は逮捕された、それが終了の合図だ。だが、新しい何かが動き始めているのだ。恐らくは次の事件に向けて。
そして、最初に確認した模倣犯の「最低条件」――これがとんでもない爆弾になって俺たちに降ってかかる。ホステスの誘拐そのものは、家族の意向もありニュースになっていない。新聞の「たずねびと」のところにいるかいないか程度だが、アルファベットについては警察は公表していなかったという。
ならば、該当するのは。
「僕とタスクが犯人じゃないのなら、警察関係者。残せるのは、そこしかない」
警察。薄々感づいてはいたが、言葉にされるとやはり堪える。それはつまり、誰も信じられないということだ。
今までスメラギが散々お世話になり、コネを使って参加していた事件の捜査。それを手助けしてくれていた組織に、どういう意図かはわからないが事件を使ったメッセージを送っている人間がいる。
昨日は眠りが浅かったが、ドアを叩いたりピッキングされることはなかった。俺の所にきたのは本当に封筒一通だけだが、これから何が起こるかもわからない。
「このメッセージ、意味があるって言ったよな」
「ああ。誰かが僕に向けて送ったんだと思う」
「お前に?」
俺ではなく? いや自惚れかもしれないが、封筒が届いたのは俺自身だ。スメラギはいいや、と首を横に振る。
「シンク」
「え?」
スメラギはそう言って、スマートフォンのメモ画面を開く。一件目の「S」、三件目の「I」、二件目の「N」、そして俺の「K」――「SINK」。そのアルファベットの意味を、俺は知っている。
「これはね、僕が探偵を志す理由のひとつなんだ」
SINKについては、以前スメラギが話していた。俺もニュースで聞いた程度の知識はある。端的に言ってしまえば、巨大なクスリの密輸組織。外国から独自ルートでクスリを入手し、ブローカーとして国内で高値で売買して利益を上げているとか。
俺が初めてスメラギの現場に立ち会ったときも、被害者がSINK絡みだった。しかしこれが探偵を目指す理由というのは、初耳だ。
「もちろん、これだけを解決したいわけじゃないよ。僕は探偵として謎を暴きたい。それで事件が解決して依頼人にも感謝して貰えるなら一挙両得だしね。でも、なんて言うのかな……SINKの壊滅。これが僕の人生をかけた一つの目標、というべきなのかな」
犯罪組織一つ潰すのが人生の目標、って……俺の午後一時の平凡な昼下がりはどこに行ってしまったのだろうか。
目の前でサンドウィッチを食べきった細身の優男が語る夢ではない。まるで空想みたいに浮世離れした話に、でもだから探偵なんて目指せるのかな、と思った。
「蟻浪から繋がっているのか? これから始まるのか? まだ掴めていないけれど……どのみち、このメッセージを残した人間は、これからSINK絡みの事件が起こると僕に忠言している。あるいは挑戦、と言うのかな」
「メッセージを残したのはSINKの人間ってことかよ」
「もしそうなら警察は大スキャンダルだ」
警察組織内部に麻薬の密輸組織に関わる人間がいると知れたら確かにその通りだろう。
「君には迷惑をかけるね、タスク」
「何を今更」
先程から苦い顔で分析なり謝罪なりをするスメラギが気に食わない。俺は散々振りまわれてたし、それはもう全然辛くない。俺が行くと、最終的には決めるんだ。なんでスメラギが罪悪感を抱く必要があるのか。
チキン南蛮は最後の一口になっていた。盛り合わせのレタスも合わせて箸で突き刺し(マナーに厳しい人間には
「俺は好きにするだけだ。仮にも助手に事件解決なんてされたらメンツ丸つぶれだぜ、王子様」
「それは嫌だな」
「どっちの嫌だよ」
「どっちも、かな。負けるのは好きじゃないし、王子でいるつもりもないよ」
スメラギからようやく眉間の皺が消えた。
***
思えば。蟻浪の事件からそれは始まっていたのかもしれない。
事件そのものはSINKと関係ないとしても、スメラギと事件を繋ぐという意味では重要なことだったのだろう。すべてを解決し、結末を知った上で過去を振り返るなら、「ああ、あれにはこういう意味があったのか」と思えるのかもしれない。そんなのは当たり前だ。今は現在進行形で時が流れ、俺には未来視ができるわけではない。
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