Case:5-3
「もちろん、そんな優劣あるわけないだろう? 僕は誰かの所有物じゃないし、片方を切り捨てたいわけでもない。ただ、僕の気分と優先順位はある。今日は彼女との談笑よりもタスクとの話が価値あるものと判断した。それだけのことさ」
「彼女は午後授業なんだろ? 昼休みに一緒に食えば良かったじゃねえか」
「二度食事をするために食堂に来るなんて非合理的じゃないか」
俺はがっくりと肩を落とした。ちょうど壁際の座席が空いたので、そこに荷物を下ろす。スメラギは向かいに腰掛け、コンビニ袋から缶コーヒーとサンドウィッチを取り出した。タマゴレタスサンド。もっと食えばいいのに。
「それはお前が圧倒的に悪い」
「そうかな? 無理難題な質問を押しつけて、満足のいく回答を得られないからって激高するのはあんまりだと思うよ、僕は」
彼女に全面的に同情する。スメラギはこういう男だ。一般的な男女の恋仲を期待してもしスメラギに近づいたなら、ご愁傷様といったところだろう。スメラギはどうも、彼女をツールとして考える傾向がある。探偵として必要な知識、コミュニケーション、諸々を培うための手段というべきだろうか。
俺はスメラギに必要とされたい――というよりは「追いつきたい」「追い越したい」の気持ちが近いと、この間理解した。ツールだアウトプットだとふてくされた時期もあったが、それも含めてスメラギへの憧憬だったのだと、うまく昇華できている。俺はまだまだスメラギに及ばないし、探偵になりたいわけでもないけれど、……認めてほしい部分はある。
彼女もそうなのだろうか。あるいは違うものを求めているのだろうか。彼氏としての甲斐性、安らぐ場所、セラピスト……心の安寧のようなものを求めての暴走なら、なるほどスメラギの彼女が長続きしないわけだ。
「結局別れたんだけどね」
昨今の男女の仲はあまりにもスピーディだ。たった一日、一回のすれ違いが破局につながるとは。人間関係はやはり、厄介だ。スメラギの場合は求めていることが「知識」である分、こだわりなくスッパリと諦めてしまうから、彼女としてはいっそう残酷かもしれない。
座席に荷物を置いたまま、財布とスマートフォンだけを持って食堂の列に並ぶ。スメラギは荷物番だ。この間はカレーを食べたから、今日はカレー以外のものが食べたい。真っ先に目に飛び込んできたチキン南蛮を頼むことにした。ライスは大盛り。飲み物がないとしんどい季節なので、ついでに紙パックのミルクコーヒーを追加する。レトロなパッケージが逆に新鮮だ。
「また甘そうなものを選んだね」
ミルクコーヒーを見るなりスメラギはそう言った。
「もう認めてもいいんじゃないかな。別に恥ずかしいことでもないだろう? 味覚は個々人の趣味だ。僕は君を軽蔑しないし、罵倒もしない」
「意見はするだろ」
大盛りライスとか本日のオススメチキン南蛮よりも、どうして二百ミリリットルの紙パックについてコメントするのか。
「それで?」
チキン南蛮を食べ進めつつ、俺は本題を切り出す。ミルクコーヒーの話をしたくなかったのもある。
「メッセージの意味はわかったのかよ」
「……ああ、それね」
スメラギがサンドウィッチを運ぶペースは遅い。歯切れの悪い語り口がさきほどまでと対照的だ。それほどまでに難しいことだったのだろうか。
「タスクはさ、この手紙を送ったのは誰だと思う?」
「ああ――」
その意味はわかっていた。蟻浪での事件の犯人は、高校の体育教諭だった。俺とスメラギが暴いて、逮捕された。今は裁判と捜査を待ち、留置所に放られているはずだ。手紙など出そうものなら検閲される。アルファベットのメモなんて事件との関連性を真っ先に疑われるだろう。
結論として、教諭ではない。では誰が? スメラギはそう問いたいのだろう。
「蟻浪の事件を知っていて、かつ、アルファベットのメッセージを知っている模倣犯、か?」
「最低条件はそれになるだろうね」
無糖の缶コーヒーのプルタブを引っ張る。それは俺へのあてつけなんだろうか。渋面でコーヒーを飲むのはしかし、苦いからではないだろう。
「あるいは、アルファベットのメッセージを作った真犯人」
「……おいおいそれはどういう」
「逮捕された元教諭の取り調べはすでに始まっているんだけど、彼が三件目に残したアルファベットは『E』だって言うんだ」
手にしていた茶色い箸が手から滑り落ちた。
キン、と耳障りな食器との接触音。俺は慌てて皿の上に落ちた箸を回収してタオルハンカチで拭いた。白いテーブルにも少し汚れが飛んでいたので、そっちは台布巾で拭いておく。……気が気でない動きをしていた。
スメラギの言葉を上手く理解できない。つまり? つまりどういうことだ。
「殺人については認めているし、アルファベットのメッセージを『意味深に無意味』に残したことも認めている。けれど……そのアルファベットの内訳が食い違う。彼が嘘を吐く理由は、どこにもない。だってそれを隠したところで罪状は変わらないのだから」
そうだろう。アルファベットの内容を偽る必要はどこにもない。意味がわからなかった、三件目の「I」。イニシャルではなかった「異物」が、ここに来て錆付いた歯車を軋ませる。
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