Case:5-2

『じゃあ切るけど、明日は考えることが多そうだ。君にメッセージが送られてきたこと……よく検討しなくては。ちなみに届いたアルファベットは何だった? タスクのTかい?』

『いいや。Kだった』


 そう返すと、スメラギの声が、ぐ、と詰まった。押し黙ったというか、声だけだとなんとも真意は図りかねる。

 でも絶句、しているのかもしれない。無音の電話に俺はいささか心配になる。


『スメラギ? どうかしたか?』

『……いや。もう一度考えてみる。とにかく明日話そう』


 明日の落ち合う場所、時間を再確認して電話を切る流れになる。「じゃあまたな」と言って通話終了ボタンに手を伸ばしたとき、スメラギの意味深な言葉が胸に落ちてきた。


『……もしかしたら、アルファベットのメッセージはこれで終わりかもしれない』

「え」


 問い直そうにも、俺の人差し指は止まってくれなかった。通話終了ボタンに触れてしまい、優しいタッチとは裏腹にぶっつりと通話が途切れる。あまりに無慈悲な終わり方だった。

 再コールをするか? 一瞬考えを巡らせて、やめる。明日詳しい話はできるだろう。俺はスマートフォンの側面のボタンに触れ、画面の電源を落とした。真っ黒い液晶に俺の神妙な顔が映り込む。――顔に似合わない面持ちってやつだと、我ながら思う。

    

 スメラギの言った通り、万が一ということはある。念のために俺はドアにチェーンをかけ、鍵をかけた。チェーンなんて普段使わないから、引っかけるのに少し手間取った。窓の鍵もかかっていることを確認する。帰宅して電気以外にものには触れていないから、朝出た状態のまま施錠されていた。

 窓を開けるのがなんとなくイヤになって、俺はエアコンを動かした。中間テストを終えた七月初旬、地球温暖化のせいか単に夏のせいか、ムシムシと暑い日が続く。エアコンの駆動音を聞きながら、俺は瞑目した。木製の椅子の背もたれは堅く、背中にゴリゴリと突き刺さるようだ。


 ――スメラギには何が見えているのだろうか。


 アルファベットのメッセージはこれで終わりかもしれないと、スメラギは言っていた。つまりメッセージは「K」で完成したということか? 例の高校教師は檻の中だ。逮捕されるのがわかっていないと俺に郵送することはできない。……消印は昨日、蛇霧へびきり郵便局になっている。差出人は懐奇かいきちょうに住んでいる? それだけでは判断できないだろう。

 このメッセージが意味するところは、なんだろう。「まだ終わっていない」というのは、強く感じる。


 ***


 午後一時の食堂はまだ人の波が引ききっていない。正午からの一時間、その六十分の間に安価でそこそこ美味なランチにありつくため、多くの生徒、教員、そして事務員までもが食堂を利用する。

 二百席確保されているという食堂のテーブルは、繁忙期ともなれば満員御礼だ。熊手くまのてキャンパスには他にも小規模、中規模な食堂がいくつかあるが、結論はここと同じような状況である。


 午後一時から三コマ目の授業が始まるとはいえ、すべての人間が三コマ目に出席するわけではない。授業を取っていない生徒もいるだろうし、ピークを避けて昼食を摂る教授なんかはこの時間から動き始める。そして俺のような自主休講した人間にとっても、憩いのスポットというわけだ。

 スメラギとの「定例ミーティング」の場所になりつつあるここは、俺の単位と引き替えに成立しているわけだが、それはスメラギには黙っていることにした。もしバレたらなんだか面倒くさそうだし、今更講義に出席する気にはなれない。


「どうしたんだよそれ」


 早速カードの話――と行きたかったが、そうは問屋が卸さない。というか俺の好奇心がそれを許さなかった。

 午後一時、まだ人の多い食堂の入り口で待ち合わせをしたのだが、やってきたスメラギはほっぺたに真っ赤な手形をつけてやってきたのである。まるでマンガみたいだ。


「いや、僕にもよくわからないんだけどね。はたかれたんだ、彼女に」


 まだヒリヒリと痛むのか、気にするように跡をさするスメラギがなんだか滑稽だ。講義中、睡魔に負けて机にほおずりをして眠ったら右の頬に赤い線が入った経験があるから、人間の顔の跡はなかなか消えないことは熟知している。

 しかし、手。しかも紅葉みたいに(ちょっと指の間隔が狭いのが惜しいが)くっきりと。それがイケメンの顔に残っているのがおもしろくてたまらない。事実、食堂に入っていく学生たちはスメラギを二度見して中へ入っていく。さぞや人目を引く容姿になっていることだろう。


「はたかれたって……よっぽどひどいことしたのかよ、お前」

「まさか」


 質問に答えただけさ、とスメラギは消化不良の面持ちで食堂に入っていく。昼食をチョイスする前に座席を確保すべく、列を外れて食堂内をぶらぶらと歩いた。


「今日、タスクと食堂で話すことにしただろう? 今日は彼女と昼食を食べる約束があったんだけど、タスクと食べるからいいかなって思ったんだ」


 もうすでに嫌な予感がする。


「それで、今日の昼食は一緒に食べられないって伝えたら、突然怒り出しちゃって。なんで、どうしてって詰め寄るからタスクと食堂で会うからだって言ったんだよ。そうしたらさ、『私とその男、どっちが大事なの!』だって。いやあ、あんなセリフ現実でもあるんだね」


 にこにこと話しているが俺としては頭が痛い。どうして彼女と一緒にメシを食ってやらなかったんだ。俺とのは食堂での打ち合わせがメインであって、サンドウィッチならいつでも食えるだろうに。

 オチは見えたが、一応促しておく。


「で、なんて返したんだ」

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