Case:5 SINK into water [again]

Case:5-1

 謎はすべて解明されるべきだ。

 それはミステリにおいて暗黙の了解と言うか、未解決の部分を残してしまうと後味が悪く、消化不良に陥ってしまうからだろう。せめてフィクションのなかでは因果関係を鮮明に。迷宮入りなんて認めない、ということなんだろうか。

 もちろん、尾を引く謎というものもある。一生かかっても解決されない謎もある。ただ、それは現実で十分だろうという話なのかもしれない。


 なんでそんな話をしているのかといえば、「事件はまだ終わっていなかった」。その言葉が、今まさにあてはまるからである。


「…………」


 俺は今、大学近くの安アパートに一人暮らしをしている。実家が隣の県なので、通学が困難なためだ。

 大手賃貸業者の、学生ばかりが住んでいる壁の薄いアパート。築十年で見た目もキレイ。家具も必要最低限は備え付け。大学へは徒歩五分。壁の薄さを除けば良物件だ。まあ、隣が軽音楽部所属の音楽をこじらせた男で、夜な夜な音痴なボーカルを聞く点、壁が薄いという欠点はかなり痛い。

    

 ポストは一階に、部屋番号ごとずらりと並んでいる。たった四年の仮住まいなので、表札に名前など書いていない。俺は住み始めて三ヶ月ちょっとの新居に帰宅し、日課となったポストの確認を行う。

 異変のきっかけはそれだった。


 くだらないDMくらいしか入っていないポストに、真っ白な封筒が一通入っている。差出人の名前はなし。住所、宛名は間違いなく俺の名前が書いてある。パソコンで打ち出した明朝体が無機質だ。

 なんだろう、と思いつつその封筒を手に取る。少し堅い。厚紙でも入っているのだろうか。郵便で何かを頼んだ覚えはないが。


 ポケットにつっこんだ鍵を引っ張り出し、ドアノブにつっこむ。ガチャリと錠前の外れる音がして、俺はドアノブを捻った。薄暗い部屋には当然明かりなどついていない。手探りで指に壁を這わせ、スイッチの凹凸に触れる。

 点灯。寂しい音と一緒にワンルームに明かりが灯った。靴を脱ぎ、そろえることはせずにワンルームのテーブルに荷物を置く。無駄に分厚いテキストのせいで右肩の圧迫感がひどい。それから解放され、木製の椅子に腰掛ける。ふう、とひとつ大きく息を吐いた。

 気だるい疲労感を覚えながらも、気になっていた白封筒にハサミを入れる。面倒くさいものはさっさと確認しておきたかった。軽い気持ちで開封したそれはしかし――中身が出てきて、二つ折りの厚紙を開いたとき、俺は絶句する。


「どういうことだ、これ」


 白い厚紙から出てきたもの。それは、ついこの間見た光景。アルファベットが大きく一つ、「K」とだけ書かれていた。


 動揺? 恐怖? この状況をどんな言葉と感情で表現すればいいのか。歓楽街・蟻浪を襲った連続誘拐、並びに殺人事件。アルファベットは連続殺人のカモフラージュとして用いられたに過ぎず、その意味は「連続性」のはずだった。もう終わった、はずだった。

 しかし。アルファベットのメッセージはいわば「未解決」のまま。そのアルファベットたちにどんな意味があるのか? なぜ「S」をはじめ、あの文字たちを選んだのか? その答えを置き去りにした――これがその結果だとでも言うのか。


『アルファベットの書かれたカードが届いた』


 まず簡潔に、スメラギにメッセージを送った。事件の気配を感じたらまずスメラギに相談、というのが自然な流れになっている。

 そのまま状況を文字で伝えようとしていたところ、スマートフォンが震えた。メッセージじゃない。画面が切り替わる。……電話だ。


『もしもし』

『タスク? メッセージ見たよ。今どこにいる?』


 スメラギの声は少しこわばっていて、緊張しているのが感じられた。俺は冷静に……というよりは現状どう対応していいのかわからないから、いまいち緊張感に欠けていたと言わざるを得ない。変に気が動転して、返答に四苦八苦するよりはマシだったかもしれない。


『自宅。ポストに入ってた』

『ポストは毎日確認してる?』

『朝夕。今朝はなかった』

『じゃあ今日届けられたんだね……外に不審者の影とかはないかい?』


 前のメッセージが連続殺人だっただけに、スメラギも警戒しているんだろう。ただ、今までは風俗店の女性で、俺は平凡な男子大学生だ。関連性はあまりになさすぎる。何故俺なんだ。俺を殺すって言いたいのか?

 一応、窓の外側を見てみる。大学に近いこともあり、歩いているのはサークル帰りの大学生ばかりだ。挙動不審なオッサンはいない。というか、犯人は逮捕されたはずだ。何故今更、事件が解決して一週間くらい経った今なんだ?


『詳しいことは明日、食堂で話そう。三コマ目は大丈夫なんだよね?』


 木曜の三コマ目は単位取得を諦めた。


『問題ないぜ。カードも持って行く』

『万が一ということもある。今日は戸締まりは念入りにして、ドアにもチェーンをかけておくといい。誰も家に入れないこと。いいね』

『オカンみたいなこと言うなよ』


 努めて明るく言ったが、スメラギは茶化す気配がない。一拍置いて「わかったよ」と了承の返事をした。スメラギは安堵したのか、満足げな声色で頷く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る