Case:4-12
スメラギは押し黙る。苦虫を噛み潰したように、苦しげな表情が見て取れた。俺はカフェラテを一口すする。ガムシロップの甘さが喉を伝って落ちる。
「……お前の言いたいことは、なんとなくわかる」
すべてを言語化する必要はない。スメラギは今、きっと苦しんでいる。その過去に何があったのかは知らないが、俺が今不幸だとでも言いたげだ。それは違うと、俺は俺の口で伝えねばなるまい。
「ひとつの結論にたどり着いたとき。点が繋がったとき。今までの俺は感動と喜びでしょうがなかったけど、今回は違った。……怖かった。その結論が本当に現実なのか? 俺の推論で終わったままの方がいいんじゃないか? そう思った」
今までと今回と、違うことがある。今までの俺の推理はお遊びで、責任感のかけらもなく証拠いじりをしていた。
でも今回は違う。篠崎薫が誘拐されて、言いようもない使命感みたいなものに駆られて――俺は必死だった。絶対に結論をつかみ取って離さないと思った。そんな情熱に焼かれたのは、高校生までの俺だったらあり得ない話だ。
「でも、だからこそ『生きてる』って感じた。俺が悩み苦しんでひねり出した結論が誰かの人生を左右し、歪ませることになったとしても。悲観的な結末だとしても、無責任に遊び回るよりはずっといい。……お前がくれた道だよ、スメラギ」
「――――」
だから。俺は今胸を張って言える。
「俺はお前の助手で、良かったよ」
黙り込んでいたスメラギが、はっとしたように顔をあげる。毒気のない、気障な笑みもない。表情を作っているわけでは無いけれど、すべてをそぎ落とした裸の顔がそこにあった。
目を丸くして、まるで憑き物が落ちたみたいな表情のスメラギは、どの顔よりも人間らしく思えた。こいつも血の通った、年相応の大学生に過ぎないのだと。
「……僕が助手を探していたのはね。独り善がりな推理をしないためだったんだ」
そういえばそんな話をしていたような気がする。
「高校生の頃、推理にばかり目がいってしまって。僕は自分の推理をひけらかすことしか考えていなかった。だから僕の推理が間違っていること、僕の推理で誰かのプライバシーを侵すことを、まったく考慮していなかったんだ」
ようやく、スメラギはコーヒーに手を伸ばした。グラスの縁をなぞる。
「誰かが不幸になる、独善的な振る舞いはやめよう。僕を止めてくれる人をさがそう。そう思って、君に出会った。でも結局、僕はまた僕のエゴで誰かを辛い目に遭わせてしまったと、そう思っていたんだ」
「うぬぼれんなよ、王子様」
俺はカフェラテを一気に飲み干す。
「俺は俺の好きにやる。お前に指図されることはあっても、最終的に動くのは俺だ。だから、お前のせいじゃない」
「……ありがとう」
「いいからほら、コーヒーでも飲め」
「はは、そうするよ。タスクが飲めないブラックをね」
ブラックが飲めないんじゃない、好きじゃないだけだ。
外は夕方と夜の境界線。紫っぽい空の下に濃い灰色の雲が漂っている。天気予報は忘れてしまったが、さて今日はどうだったか。
「タスク、賭けをしようか」
同じように窓の向こうを眺めていたスメラギが、おもしろいことを思いついたと言わんばかりに喜色満面に言う。考えたことは同じようだ。
「今日、雨は降ると思う? 僕は降らないに賭けるよ」
「おっしゃ。じゃあ、負けた方が今度の昼飯おごれよ」
「いいよ、別に。負けるつもりはないからね」
挑戦的な笑みを浮かべるスメラギ。昨日、入道雲がどうこうと言っていた気がする。曇天の下を走り回ったけど、結局雨は降らなかった。もう一度空を見る。高い紫の空、その下に切れ切れの灰色の雲が浮かんでいる。浮かぶと言うよりは勢力を拡大していると言うべきか。今は空は紫だが、雲の面積は決して少ないわけではない。
「降る」
俺は断言した。
「いいのかい? 今度のお昼は豪勢にしちゃうよ?」
「食堂でサンドウィッチしか食わねえやつが何言ってんだ」
でも別にいい。だって勝つのは俺だ。きっとそうだという妙な自信がある。だから、今度の昼のメニューでも考えよう。いつもはワンプレートですませているから、肉のおかずでも追加してみようか。いや丼も捨てがたい。デザートでもつけてみるか、だってスメラギのおごりだ。
「明日もよろしく、助手さん」
スメラギがコーヒーを飲み干して、笑った。
「ああ、王子様」
だから俺も笑って見せた。明日はきっとうまいものが食えると思いながら。
午後九時、外は土砂降りになった。
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