Case:4-7

 美しくない、スメラギはそう言った。俺も推理小説マニアの端くれだ、少しは胸を張って言える冊数のミステリを読んできた。そのトリックを踏まえて今回の「謎」を照らし合わせてみると――推理小説としては規則性に穴がある。


「現実の事件、ってことなら愉快犯や完璧主義者でない限り、まず手がかりを残さない、か」

「そう。このアルファベットがどんな意図をもって残されたのか? 二十一世紀の現代日本で起こった事件という前提のもと、考えた方がいいかもしれない」


 それはどういうことだろう。古典ミステリのタネは通用しないってことか? それとも、あくまで現実の事件として「リアリティ」を追求しろ、ということだろうか。


 一般的に、暗号やメッセージを残すときにはルールがある。すなわち、読者が納得する規則性が存在することだ。アルファベット順に殺人事件が起こるとか、アナグラムになっているとか。それを逆手に取った推理小説もこの世には存在しているが、いずれにせよその「ルール」には一定の規則が必要なのだ。

 ところが、今回はどうか。残されたアルファベットがイニシャルとわかれば、それは名字か名前か、いずれかに統一されてしかるべきである。それが推理小説の「ルール」だ。やれ源氏名だ、名字だ、本名だとソースが複数になれば、読者の期待する規則性は薄れていく。それではミステリの謎としてはお粗末になる。

 そういう意味において、今回のイニシャルは掟破りだった。


 ただ同時に、今回はフィクションではなく現実だ。現代社会において、ご丁寧にメッセージを残して犯行声明をする犯罪者は滅多に現れない。ならばこのイニシャルは無視すべきか? いやそれもないだろう。風俗の女が二人続けて失踪しているんだ。このメモが残されている以上、関連は否定できない。

 このアルファベットは何だ? 犯人は何のためにこのメモを残したんだ?


「探偵してるね、タスク」


 思考の海に潜っていると、陸上からスメラギに茶化された。「何も言ってねーけど」と返したが、「何も言わないから考え込んでいるとわかるんじゃないか」と変に誇らしげに返された。俺は図星をつかれて不快だが、スメラギが誇らしげな顔をする意味がわからない。


「君がくれた情報を活用させてもらったよ」


 スメラギが楽しげに言う。茶色の革でできた手帳をめくる。「いかにも」なアイテムを嫌味なく扱うのが、とてつもなく嫌味ったらしい。


「シノザキさん、と言ったね。彼女が勤めていた店を調べたよ。そっちで話を聞いてみるけど、君もついてくるかい?」


 ここで得られる情報はもうないと言うことか、あるいは新しい情報を掘り下げておきたいのか。いずれにせよ二つの事件を繋げるために、俺が拾ってきた事件は詳細を知っておく必要がありそうだ。俺は二つ返事で承諾した。


 シノザキは高校で見たあの姿のまま、想像通りキャバ嬢として働いていた。スメラギの名前と近くのホステスが失踪したと告げ、その事件性を調べるためとか云々と御託を並べて話を聞くことに成功した。口がうまく回るこいつはやはり探偵向きなんだろう。

 シノザキは高校卒業と同時にこの店に就職し、年齢を偽って働いていたらしい。店員は言葉を濁したが、「今年の春先から」と言えば実年齢を知っている俺には答えが見える。大方二十歳とか言って接客をしていたのだろう。推測の域を出ないが、同じような方法で高校生のうちから店に出ていた可能性もある。高校時代に俺が見た彼女から考えるなら、おそらくは。


 源氏名は「ミハル」で、あいにく「S」ではなかった。三上早苗こと菜々美が「N」だったことを考えると、イニシャルならば「M」が来なければ規則性が乱れる。本名のシノザキで成立するところがまた厄介だ。


「このイヤリングを路地裏で拾ったのですが、ミハルさんは今どちらに?」


 そうスメラギが問いかけると、店員は助けを求めるように店の奥へと視線を泳がせた。その反応で察することができる、やはりここも同じだ。三上早苗同様、シノザキも失踪している可能性が濃厚と見た。

 スメラギが追っている失踪事件との関連性を伝えると、先方は折れて店長を呼んできた。店長からさらにシノザキの失踪について詳細な話を聞く。


「いなくなったのは、一週間ほど前になります。出勤日に来ないからサボったのかと思い、携帯に連絡をしたのですが」


 サボった、という想定がまず働くところを見ると、シノザキの勤務態度はあまりよろしくはなかったようだ。高校時代の姿からも、立場をわきまえない言動が目立っていた。


「携帯は電源が切られていて、一応家にも行ってみたのですが留守でして」


 三上早苗の件と同じだ。


「ご家族が近くに住んでいるので、そちらにも行ってみました。しかしそちらには戻っていないとのことで……ご家族が捜索願は出したくないと言って、それきりです」

「それきり?」


 つい言葉が出てしまった。咎めるような言い方に店長が眉根を寄せる。感想が軽率に口をつくのと、俺の見てくれは相性が最悪だ。

 スメラギが逸らすように新しい質問を投げた。


「なるほど。捜索願を出したくない、と言うのは……あまり家族関係はよろしくなかったのでしょうか」

「同じ地区に住んでるのに一人暮らししてたくらいですからね」


 冷え切った家族関係。娘が非行に走り、家族はそんな娘を見限ったということだろうか。聞くと仕送りをすることもなく、家族から支援を受けることもなく、独立と言うよりは孤立した状態でシノザキは暮らしていたらしい。

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