Case:4-6

「言いたいことはあるだろうが、後でいくらでも聞いてやる。スメラギ、このイヤリングの持ち主について調べてくれないか」


 俺一人では辿り着けない。俺一人ではどうすることもできない。コネも推理力も観察眼もない俺には。俺にできることは走り回ること、スメラギのアウトプット相手になることくらいだから。

 アルファベットの書かれたメモと赤いイヤリングを見ながら、スメラギは考え込む。視線が落ちたし、目つきも観察に意識を研ぎ澄ませるそれだ。それくらいの表情の変化はわかるようになった。


「このアルファベットは?」

「俺はイヤリングの女のイニシャルじゃないかと思ってる。名前は……シノザキ」

「え」


 スメラギが目を丸くする。驚いた顔を見るのは――今までにあっただろうか。


「そこまでわかっているのに、どうして僕を頼るんだい?」


 スメラギは静かに問いかける。何故かわからない。目がそう語っていた。

 何故?


「おまえに伝えるべきだと思ったんだ」


 うまい言葉は見つからなかった。だがスメラギは数回ゆっくりと、確かめるようにまばたきをして……にっこりと笑った。気持ち悪い。


「なんだよ」

「いや、君が僕の助手で良かったと、再認識しているところさ」

「今日だけは大目に見てやるからさっさと始めるぞ」


 スメラギが店のドアを大きく開ける。豪奢なシャンデリアがいっそう輝きを増して見えた。


「おかえり、謎のある世界へ」


 ***


 結論から言うと、俺のメモとスメラギの案件は繋がった。

 答え合わせから始めるミステリは醍醐味がない、と人は笑うだろうか。確かに娯楽としての推理ショーならそれこそがメインディッシュであり、探偵が安楽椅子に腰掛けて思考し、ひとつの傑作を生み出す様を堪能したいのだろう。俺もそういうテンプレートな推理小説は嫌いじゃない。

 だが、二十一世紀の今起こっているこれは事件だ。娯楽じゃない。ゆえに単刀直入かつ簡潔にまとめる、俺とスメラギが関わろうとしている事件は「連続失踪事件」だと。


「連続誘拐事件、の可能性も見えてきたね」


 「club db」――クラブ・デシベルという店名だ。DJが電子の爆音を鳴らし、多くの若者が身体を揺さぶっていそうな名前だが、実際はただのキャバクラである――の奥でスメラギが唸る。

 俺たちが通されたのは豪奢な店内でも「裏側」、まあバックヤードだ。そこにはシャンデリアもドンペリもない。あるのは現実に戻されるような灰色のロッカーと、薄暗い蛍光灯の明かりくらい。高校生の時にアルバイトをしたコンビニの後ろ側と大差ない光景に、バックヤードなんてどこも対して変わらないなとまたしょうもない感想を抱く。


 この店に勤める女性が昨日から出勤していないと言う。携帯は電源が切られて繋がらず、家も明かりがついていない。店長は実家の家族にも連絡を取ったが、特に音沙汰はないとの返事。今朝、家族から捜索願が出されたという。


「特に面識のない女二人が似たメモを残してたら、第三者の可能性は疑えるな」


 何か手がかりは、ということで女性のロッカーを漁ったところ、俺が見つけたメモと似た様式のものが発見されたのだ。罫線の入った、アルファベットがでかでかと一文字書かれたメモ。ここにあったのは「N」だ。


「SとNか。いろんな組み合わせが考えられるな」

「NじゃなくてMを残してもよさそうなのにね」


 どうして、とは突っ込まない。


「スメラギ、失踪した女性の名前は?」

三上みかみ早苗さなえさん。君の予想したイニシャルではないけれど……」

「どうした?」


 スメラギの歯切れが悪い。気になって聞いてみた。いやね、とスメラギは親指でおもてを指す。


「こっちでの名前は別だろう?」

「……ああ、源氏名げんじなか」


 確かに、この世界ならば本名で活動する方が奇特だろう。まず名字が無いに等しい。第三者による連続誘拐事件だとしたら、どうやって被害女性の名前を知ったのかがポイントになる。

 スメラギはすでに名前の確認をしていたようで、静かに答えた。


「三上早苗さんの源氏名は、ナナミと言うらしい」

「ナナミ……」


 繋がる。漢字は「菜々美」と書くらしいが、もはや重要ではない。ナナミ、すなわちイニシャルは「N」。一件目のシノザキと合わせて、女性のイニシャルを残している可能性は極めて大きい。俺は興奮で声が上擦っていた。


「じゃあ、やっぱりこのメモはイニシャルで」

「……ねえタスク」


 しかし、応じるスメラギの声は恐ろしいほど静かだった。寝静まった深夜のように、静かなのにどこか妙な不安をかき立てる声だ。スメラギの目は真剣で、それでいてどこか不安げだった。そう見えたのは俺の心理状態のせい、かもしれないが。


「どうしてシノザキさんは名字で、ナナミさんは名前なんだろうね」

「は? それは、どういう」

「規則性を持たせたメッセージを残す犯人って言うのはね、そのルールに縛られるんだ。ほころびや不協和音があってはならない。今回のは、暗号にしてはやや横暴じゃないかな」

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