Case:4-5
歓楽街・蟻浪に来たのは初めてだ。この言葉に嘘はない。
スメラギが目指していた失踪現場とやらの詳細は聞いていない。だが、さっき沸騰する頭で聞いていた言葉。「これから調査」ということは、あのときつまり俺が逃げ出したあの場所こそが失踪現場ではないのか。頼れる場所がそこしかなかった。十分近く
初めての街でしかも複雑な歓楽街。それでも俺は迷わず走る裏へ入れば複雑だが、メインストリート自体はシンプルだ。スメラギとともに立ち止まった、あの風景を探し出せばいい。裏路地を抜けた記憶はないので、メインストリートのどこかにあるはずだ。夏至を迎える前の空はまだ明るいはずだが、件の雲のおかげで真っ暗だ。
「はー、あー……」
着いた時には時計は六時を指す手前だった。時間感覚はすっかり狂っている。夕方か夜かもわからない時間帯に、ネオンは灯る準備段階だ。客引きもちらほらと姿を見せつつある。
「すみません!」
「club db」と斜体で書かれた看板を確認し、俺は店頭に立っている男性店員に声をかける。男性は俺を見て一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに「なんですか」と応じる。これほど自分の身なりに感謝したくなったこともない。
「俺の友人がここにいるかもしれないんですが……住良木密は、まだいますか?」
「ええ、いますよ。ですが今は取り込み中でして、関係者以外の方の入店は、ちょっと」
困ったように答える店員に、俺は愕然とした。「関係者以外」――まさしくその通りだったから。
だって、どう説明すればいい? 今までさんざん針の筵にされて、茂庭警部にも腰巾着扱いされ、事実大した洞察力なり観察眼なりを持っていない。平凡な、見た目で虚勢を張っているだけの大学生だ。何のコネも権力もない俺に、何が言えると言うのだろう。「スメラギの助手です」と、何を証拠にして言い張るのだろう。あんなに嫌っていた言葉が重くのしかかる。
返す言葉がなかった。足下がふらつく。握りしめた両手が熱かった。俺はこれを伝えなくてはいけないのに。誰のために……俺の、ために。
「入れていただけませんか」
踏ん張った。ふわりと浮いた足を地につけて睨みつける。俺は戦わなくてはならない。非力なりにつかみ取るべきものがあるんだ。いつまでも「助手」が「王子」に頼ってばかりでは、それこそ俺はお荷物のままじゃないか。
「俺は、住良木密の助手なんです」
「……助手? 君が?」
鼻で笑われたように聞こえた。聞き馴染みのない言葉のせいだろうか。笑われたってしるものか。俺は続ける。
「ええ。彼に頼まれて別の場所で調査をしていました。その結果が出たので、彼に報告をしたいのです」
「いや、でも、部外者を入れるわけには」
「助手の俺が部外者だと?」
声のトーンを落とす。散々
観察する。俺の容姿を一瞥してから困ったように応対した店員。助手と言って鼻で笑った様子。弱腰な対応。きっと相手は、俺がどんな存在かわからなくて対応に困っている。
「君」という言葉から、子供相手にやや馬鹿にする傾向あり。でも強面の人間に強く出られない。過去にいざこざがあって暴力を恐れているんだ――こめかみに青い痣がある。
結論。少し強引に脅せば、簡単に吹き飛ぶ。
「いいんですか、
「い、いえ。決してそのようなことは。ですが事が事だけに、関係者以外の方をお通しするわけには」
潰す。わざと音を大きくするために、ペットボトルを踏みつけた。ゴミ箱に放る余裕がなかったために何故か手にしたままだったが、思わぬ形で役に立つ。店員がびくりと肩を跳ね上げるのを確認した。とどめに一歩距離を詰め、低音で落とす。
「通すだけでいいんです。どうしても無理なら住良木密をここに呼んでください。……不能になりたくはないでしょう」
綺麗な言葉を使えなかったが、俺は王子様なんかじゃない。付き添いの助手なら別に王子と同じ性格じゃなくてもいいだろう。
俺の迫真の演技が良かったのか、顔に怯えただけなのか、「少々お待ちください」と言って口元をひきつらせて店員は店に引っ込んだ。さて、俺は俺なりに手を打ったわけだがどうなるか。下手したら厄介な客としてブラックリストに入れられそうだ。
「今日は戻ってこないかと思ったよ、僕の助手さん」
きらびやかな照明をバックに顔を覗かせたスメラギは、第一声にそう言った。皮肉かもしれないし、純粋な感想かもしれない。それさえわからなくさせるのがこいつの人間性だ。
「そのつもりだったさ」と悪態のひとつでもついてやりたかったが、事が事だけにそんな悠長なことを言っていられない。俺はまず見せた方が早いと思い、握りしめていたふたつの手がかりをスメラギに突き出す。
「コンビニの裏で見つけた」
「……タスク? これは」
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