Case:3-6
床の間。言葉はよく耳にするが、実用性のあるものでもないのでイマイチピンとこない。俺はスマートフォンを取り出しネットで検索した。「床の間 画像」――すぐ出てきた。
少し奥まった空間だ。置物とか甲冑、花、掛け軸とかを飾り付ける場所らしい。ああ、これなら確かにドラマで見たことがある。小さいときに行った祖父母の家にもあったような気がしないでもない。
「床の間には何が?」
「オーソドックスに五月人形だよ」
五月人形ってオーソドックス、なのか。知らなかった。
「それと掛け軸。これで部屋にあるものは全部さ」
「掛け軸にはどんな絵が?」
絵? そんなのを気にするのか、スメラギは。画像検索したが、虎だの鶴亀だの文字だの、種類が多くて俺にはさっぱりだ。
「掛け軸の絵かい? えっと……七福神が描かれていたけれど」
「その家、最近どなたかが結婚されたとか、お祝い事はありましたか?」
「祝い事? いや、特にそういうのはない、けど。それがどうかしたのかい」
「いえ、ありがとうございます。最後に」
最後。スメラギの言葉に緊張が走る。部長の顔もわずかに強ばった。不遜な笑みは消え、口が中途半端に開いてフリーズしている。
スメラギの問いは、少しずれているようで真意が読み取れないものだった。
「今回の犯人、この家には詳しいですか?」
「……いや。下調べをしているとはいえ、それは家が空く時間帯や家族構成の把握くらいだ。詳細な間取りまではわかっていないはずだよ」
「では、この家の関係者というわけでもないのですね」
「ああ。たまたまこの家を標的にした、家族とは無関係の空き巣。そう思ってくれて構わない」
「わかりました」
スメラギが静かに告げる。
わかった? 何が? まさか。こんな即興密室もどきに答えなんて存在するのか。「どこにでも隠れられる」で論破してしまえばいいものを、スメラギは何の答えを見つけたって言うんだ。
「掛け軸の裏、もしくは五月人形の下。……そこに小部屋があると見ました」
絶句した。
困惑した、と言い換えてもいい。スメラギの確固たる自信にあふれた眼差し、口振り、それらが本気だということを裏付けている。俺がさっきまでさんざんバカにしていた愚問に、こいつは答えを出したのだ。信じられなかった。二重の意味で。
「小部屋、だって?」
そう返したのは部長だ。
「はい。今回の物件は日本家屋風の平屋。庭も含めその方の土地です。ならば、家を作るにあたって隠し部屋を加えることはできないわけではない」
「俺は隠し部屋があるなんて言わなかったが……」
「ないんですか? そうであれば、別の可能性を考えますが」
無言は返答に等しかった。部長の顔が悔しげに歪む。シャーロキアンで、尊大な言い方や他の推理小説を見下す傾向のある神片部長。その部長が何も言い返せず、口を真一文字に結んでいる。普段饒舌な人間が口を閉ざしたんだ、それは一種の返答だろう。
すなわち、「明察」ということ。
「……どこでわかった」
数秒黙り込んでいた部長だが、スメラギに問いかける。「なぜわかったのか」――その問いは敗北宣言にも近く、かける側は屈辱的な言葉なのだ。
そんな心理を知ってか知らずか、スメラギは得意げになるでもなく、しかし気障な所作で人差し指を口元に寄せる。これで
「床の間です」
「床の間? 確かにあそこに隠し部屋があるという設定だが、今の話でわかるものだったかい」
「犯人もそこに隠れたのでしょう? この家に詳しい人間だったならまだしも、犯人は部屋の詳細な構造まではわからない。だから、その場で隠し部屋を見つける必要があった。だとすれば隠し部屋の入り口は、初見でわかるようになっていなければならない」
流暢に語るスメラギの言葉は、清流のようだ。つかみどころがなく、余分なもののない澄んだ推理が鼓膜を揺らす。朗々とした口調も俺から逃げ場をなくしていた。嫌が応にもスメラギの推理ショーが
「五月人形はこどもの日、主に男子の健やかな成長を願って飾るもの。対して七福神は祝い事、あるいは正月に飾る掛け軸です。季節の質問はしていないのでこの事件がいつの話かわかりませんが……祝い事がない以上、このふたつの品物は時期が矛盾していることになります」
五月人形。七福神。季節感が皆無な家主が掛け軸を変えないずぼらな人間だった……はさすがにナシか。
ネットで調べた床の間の説明文が視界に飛び込む。「実用性のないものだからこそしっかりと飾り付けておくことが重要である」。
「何故そのふたつがあったか? 元々そこに飾られていた可能性もあります。ですが、犯人が隠し部屋の入り口を隠すために置いた……その方が、違和感の説明としてはつくと思うんです」
「元々隠し部屋の入り口は見えていて、犯人が隠れた後に即興で目隠しに使った。家主から入り口を見えなくするために。それで掛け軸と置物に季節の矛盾が生まれてしまったと言いたいんだね」
さっきまで悔しそうにしていたのに、自分が解いたようにスメラギの推理を要約する。それだけで一気に調子を取り戻せる部長は、脳天気すぎて逆に幸せだと思った。俺はスメラギが喋るたびに、頭をハンマーで殴られるみたいな衝撃を感じる。
「素晴らしい……悔しいが君の勝ちだ、住良木くん。俺の難題を誘導尋問で解くとは、密室の王子も侮れないな」
「その呼び方はやめてください、部長。僕はただの部員なんですから」
褒めているようでけなしている部長の言葉を意にも介さず、王子の訂正だけをにこやかに求めるスメラギ。これで推理対決(と言えるのか?)は幕を下ろし、ミス研には平凡な時間が戻ってきたのであった。
――後味は最悪だ。
「接木くんってさ、住良木くんの助手なんだっけ」
沈黙を守っていた小野江先輩が、俺に問いかける。今一番、俺にはきつい言葉だ。
「……スメラギはそう言ってます」
「不満?」
「不満というか」
二番手。お荷物。腰巾着。プロとファン。ありとあらゆる言葉が俺の脳内を駆けめぐって、「助手」という言葉に凝縮される。気分が悪くなって深呼吸をした。
「あいつといると、自分にうんざりするんですよ」
「へーえ」
こっちが脱力する返事が来た。なんだ、そのどうでもいいみたいな返答は。そっちが投げたボールくらい丁寧に処理してほしい。そう思って嘆息しようとしたとき、小野江先輩は剛速球を投げてきた。
「接木くんは住良木くんに憧れてるんだね」
「……はい?」
憧れ? 嫉妬じゃなく? どこをどうしたらそんな斜め上の返答ができるんだ。
問いただしたい思いでいっぱいになったが、また話は遮られる。スメラギが帰り支度をして、ミス研もお開きの雰囲気に流されたためだ。結局爆弾を投下されて、俺の心はぐちゃぐちゃのまま。このアヒル口の先輩、何も考えていないようで妙なことを言うから隅に置けない。
憧れている。その言葉が、俺のなかでさざなみを起こしているのは確かだった。
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