Case:3-5
でも接木くんは違うんでしょ、と小野江先輩が問いかける。柔らかい垂れ目からは、鋭さを微塵を感じない。推理を披露する人間特有の、相手を責め立てるような攻撃的な視線ではないのだ。
このとき俺は、小野江先輩が本当に「傍観者」であることを理解した。この人は推理を披露したい側の人間ではないのだと、その目で察した。
「接木くんの目さ、あの二人とおんなじだもん。少しでも情報を引き出して、あるいは披露して、絶対に真実を見つけだすぞって目。それは推理に参加する側の目でしょ? あたしとは違う。あたしはほら、ただの推理小説好きだからね」
「俺は」
「接木くんは、推理小説好きだからここに入ったって聞いたけど。それだけじゃないとあたしは思うな。というか、『それだけで終わりたくない』ように見える。推理好きそうな顔してるもんね」
「……そう見られたのは初めてです」
金髪ピアスで人を殺しそうな目をした男のどこが「推理好きそうな顔」に見えるのか、俺は小野江先輩に本気で問いつめたくなった。が、それは長考していた部長の声に遮られる。
「部屋と部屋の間は、基本的に
小野江先輩を見ると、彼女は黙って満面の笑みを浮かべた。向こうの話に専念しろとでもいいたいのか。小野江先輩は二人からも俺からも視線を外し、天井まである本棚から『オリエント急行の殺人』を手に取った。クリスティ好きだと言っていたのは本当らしい。
にしても、いなくなったのは寝室で、そこは三方が障子と襖。唯一鍵のかかる水回りは水回り側からのみ鍵をかけられる。
逃げ放題では?
「ふむ。その話だけ聞くと、どこへでも逃げられそうな気がするのですが」
スメラギも同様の感想を抱いたらしい。だが、「ふっふっふ」と不敵な笑みを声に出して部長は笑う。
「甘い、甘いよ住良木くん。もちろん家主は家中、今言った部屋すべてを捜索した! だがいずれの部屋にも犯人の姿は見つけられなかったんだよ」
「……ということは、水回りに鍵は」
「かかっていなかった。中には誰もいなかったよ」
これのどこが密室なんだ? 俺は今、そのツッコミをすべきかどうか悩んでいる。
散々「高難易度の密室事件」と煽っておいて、どこにも鍵はかかっておらず、ただ忽然と犯人が姿を消しただけ。消失トリックを暴くだけになっているじゃないか。設定の作り込みには少し感心するところもあったが、やはり部長は部長らしい。俺は静かに嘆息した。
だが、横目に見るスメラギの瞳から真剣さが損なわれた様子はまったくない。乗りかかった船だから最後までやりきるとでも言うのか。
「俺が密室だと言ったのには、もうひとつ理由がある」
部長は得意げに付け足しを始めた。
「寝室は、縁側以外の入り口が封鎖されていた。部屋の前に
さて。どう感想を述べたものか。
一応縁側への入り口は(家主がいるから正面から出られないにしろ)開いていたわけだし、厳密にはやはり密室とは言えないと思う。だがまあ……スメラギが興味を失っていないから、もうどうでもいいことだ。
「ありがとうございます、部長。状況は理解できました。つまり、僕は寝室の構造について詳しく知る必要があるということですね」
「そう、わかってるじゃないか住良木くん」
なんだか壮大な前置きを聞かされたような気分だ。結局そこに至るのか。遠回りが多いことも、また不要な情報をかき集める結果も、推理小説にはよくあることだ。最短ルートでたどり着くなど初見プレイでは難しい。周回してはじめて効率化できるものだ。俺はそう言い聞かせて、話に耳をそばだてる。
スメラギはA4用紙をひっくり返し、また四角を描いた。今度は寝室の間取りを図式化したいらしい。
「寝室には何が?」
「まずはベッドだ。住んでいたのは老人だったので、病室にあるような形のベッドだよ。高さはそう高くない。ベッドに腰を下ろせば足が畳につく。それくらいの高ささ」
ベッドは客間側に置いていたとのこと。ベッドによじのぼって襖を開けることはできそうだが、「客間側に箪笥があって移動は不可能だよ」と釘を刺された。
「なるほど。他には何かありますか」
「水回り側には箪笥があるんだ。高さは一八〇センチってところかな? なかには大量の洋服が詰まっているから、これまた動かすのは難しいだろうね」
「クローゼットのように、ハンガーに洋服を引っかけるタイプではなかったのでしょうか」
「いや、箪笥だからすべて引き出しだよ。洋服は全部畳んで収納されていた。コートといった厚手のたためない洋服は、ベッド脇の柱にハンガーを引っかけていたんだ」
これまた妙にリアル、というか生活感のある設定だ。モチーフがあるんだろうか。スメラギは相槌を打ちながら、A4用紙にベッドと箪笥、それにハンガーを書き込んでいく。これで水回りと客間側の様子はわかったわけだ。
「では、残りは? 西側は部屋もなく、外ということになりますが」
「そっちはね、床の間だよ」
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