Case:3-4
即興にしては意外と考え込まれたつくりだ。イヤに現実味もある。全部の窓を壊すのではなく、一部を破壊して窓の鍵を外す――空き巣被害特集のニュースで聞いたことがある手法だ。
スメラギは用紙の右端に方角を示すマークを書き(用紙の上を北と見なすらしい)、南側に縁側をつくった。
「縁側から侵入。なるほど。では犯人が侵入した部屋――つまり、家主と鉢合わせするはずだった部屋ですね。それはどこにあるのでしょうか」
家と言ってもタイプは様々だ。当然、今回の家ならば部屋は複数ある。縁側から侵入し、犯人はどの部屋を目指したのか? どこで金目のものを漁ったのか? ルートと同時に間取りの更なる解明を図りたいらしい。
小野江先輩のマニキュアはすっかり乾いたらしく、ベッドの上で
「縁側から直で繋がる部屋はみっつだ。手前から玄関、和室、それと寝室」
スメラギがA4用紙にペンを走らせる。書き心地が良いからと使っている茶色のシャープペンだ。文具にさしたる興味はないが、年季もののようなので覚えてしまった。
「玄関を出るとすぐ客間……居間と言うべきかもしれないが、そこに通じる。居間の隣にあるのが和室だ。その和室はほぼ物置状態で、あるのはガラクタだけさ。犯人が目指したのは寝室だね」
玄関の先に客間兼居間、そこと縁側の間に和室。南側の構造はだいぶ見えてきた。部屋を持て余しているあたり、昔ながらの大きな家なのかもしれない。まあ、空き巣に入る物件としては多少期待できる、のだろうか。
スメラギは和室の西側にある寝室に赤丸をつけた。犯行現場という意味だろう。東から玄関、居間、和室、寝室という並びになる。
「他に部屋はありますか?」
「ああ。寝室と和室、両方から入れるように水回りがそろっている。台所、脱衣所、風呂場、トイレはすべてそこだね。あとは居間の北側にもうひとつ和室。こっちは水回りに行くための通路みたいなものだから、やっぱり部屋としては機能していない」
間取りとしては以上かな、と満足げに部長が締めくくる。正直、スメラギが視角化していなかったら間取りを把握するだけでも一苦労だ。即興の割に随分とでかい家を建てたもんだ。
「部屋と部屋の移動は障子ですか? それとも開閉式のドアがあるんでしょうか」
「ドア? そうだな、日本家屋風だから……」
間取りを考えただけで満足していたらしい。穴の多い設定は巡り巡って本人に牙を剥く。部長は素に戻ったように戸惑っている。慌てふためく、まではいかずとも質問に答えが追いついていないようだ。
スメラギは推理する前に情報収集を徹底するから……いやスメラギじゃなくてもそれは推理の基本だろう。俺だってそうする。
「楽しそうだね」
不意に、小野江先輩がそう言ってきた。視線は二人ではなく俺。俺に対しての質問、なんだろうか。アヒル口は端がきゅっと上がり、微笑んでいるのだとわかる。そこに悪意は見られない。純粋な興味、だろうか。
「スメラギと部長が、スか?」
「違うよ。接木くんが楽しそうだなあって」
「俺が?」
ただ二人の寸劇を眺めているだけなのに? 自分自身の表情の変化はわからなくて、つい懐疑的になってしまう。鏡はあるが、わざわざ小野江先輩のメイク用のそれを借りて確認するほどの手間はかけたくなかった。だから小野江先輩に質問する。
「そんなに楽しそうですか。自覚はないんスけど」
「うんうん、二人を見てる接木くんの目、超輝いてるもん」
輝いてる、なんて、文学作品でしか見ないような表現だ。目の輝きなんて――死体なら目は虚ろになるけれど、光の当たり具合でどうとでもなるものじゃないか? いや、子供がヒーローショーを見たときの活気ある笑顔は、爛々と輝かせていると言えなくもないのか。要は受け手の問題に思える。
それでも、小野江先輩は「絶対そうだよ」と純朴な笑みを崩さない。毒気のない笑みに俺は拍子抜けした。
「俺は、別に二人の会話は面白いとは思わないから……そう言われると、困りますね」
「うーん、それはあたしもそう思う。だってあの二人がやってるの、まだ推理ですらないし」
じゃあ何で、俺はこんなに楽しそうに見えているのか。一応口元をさわってみるが、口角はあがってなどいない。乾いた茶髪をいじる先輩の方がずっと楽しげだ。
理由がわからず考え込んでいると、小野江先輩が穏やかな声で告げる。
「あたしはね、接木くんが『参加してる』から楽しんでるのかなって思ったんだよ」
「参加?」
そう、と頷く小野江先輩の目は、ただでさえ垂れ目がちなのに更にとろんと溶けているみたいだった。目の際までしっかり書き込まれたアイライナー、目が乾くのではと心配になるマスカラ。それらは黒く、目をぱっちりとさせる効果を持つはずなのに、この人がつけるとすべてが相殺される気がする。派手な目元なのに、垂れ目がすべてをマイルドにするというか。
「だって接木くん、さっきから本全然読んでないじゃん」
「……これは、あの二人の話を見届けようと思って」
「それ。聴衆になるだけならあたしみたいに別のことしながらでいいと思うんだよね。化粧したり読書したりさ。ただの会話だよ? それを熱心に聞くだけなら、それはただのファンだって」
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